「どこ行ってたんですかー、藤本さん」


 コンビニに戻った俺を、田中はレジカウンターに身を乗り出して出迎えた。

 まるで子供のような格好だ。


「悪りぃ」

「気づいたら居ないんですもん。びっくりしましたよー」

「いや、ちょっと。ごめん」

「ちょっとって。ちょっとって時間じゃないっすよ、40分は経ってますよ」

「ほんとごめん」


 苦笑いしながらレジについた俺の顔を覗きこんだ田中は、

 マジびっくりしましたよ、を連発している。


 田中にこの状況を説明しようとはもちろん思わなかった。

 話したら最後、根掘り葉掘り、興味津々と聞かれるに決まっている。


 この様子だと、ひたすら俺を待っていただけの感じだ。

 店長に連絡する、なんて考えは田中には浮かばなかったに違いない。

 ひとまずほっとした。


「なんか…びしょ濡れっすね。大丈夫ですか?」

「ああ、まあ大丈夫だろ」

「でも顔色悪いっすよ。ちょっと休んだほうがよくないっすか?」

「うん? ああ…」


 言われてみれば、病院で痛んだ頭が重かった。

 ぼんやりと歩いて帰ってきたせいか、

 髪もユニホームも病院にいた時よりも湿っていた。


 急に暖かいところに入ったせいだろうか、

 体の芯は冷たいのに、顔ばかりが火照っている。


「どーせもうあんまり客なんて来ないし。休んでてください」

「悪りぃな」

「俺、漫画の続き読みますから」

「あのな…」


 へへへと笑った田中は雑誌コーナーへ向かった。

 意外にも田中は、それ以上のことは聞いてこなかった。


 田中の言葉に甘えることにした俺は、コーヒーを淹れてテーブルに腰かけた。


 飲み込んだコーヒーはぬるいはずなのに、

 体を通っていくのがはっきりと分かるほど俺の体は冷えていた。


 モニターに映る田中は漫画本を手にしながら時折外の様子を観察している。

 
 じわじわと温まっていく指先を軽く動かしながら、

 俺はベッドに横たわった彼女の腕に刺さった針を思い浮かべていた。