俺が俯いていると、

「もう平気です。お仕事に戻ってください」


 切り出してくれたのは彼女だった。


「大丈夫、ですか」

「はい、平気です」

「じゃあ…俺はこれで」


 軽く頭をさげると


「ありがとうございます」


 針の刺さっていないほうの手を上げた彼女の手首に、

 銀色の細い腕時計が見えた。


 やっぱり、あの人なんだ。


 不思議な気持ちだった。

 いつも雨の日に現れていた女の人が、彼女だったなんて。

 それも、意外に身近な人物だったなんて。

 
「じゃ…」


 去り際に、ベッドの脇の壁に立てかけられた傘が目に入った。

 いつもの、彼女の傘だ。


 肩に乗せてきたときには気づかなかった。


 何でもそうだ。

 こうして明かりの元にさらされて初めて気づく。

 物も、人も、真実も。


 彼女の白い傘には、半分から下の方向に薄紫色の水玉模様が入っていた。

 蛍光灯の明かりの下でそれは、小さく儚く散らばっている。


 水滴のように。



 まるで、

 彼女に降り注ぐ



 ―――蒼い雨粒のように。