…ああ

 ―――この笑顔



 浮かんでいた本棚がカウンターの光景に変わる。

 PCに向かい合う、華奢な女の人。

 すれ違った時の、シトラスの香り。


 そうだ、あの人だ。



「図書館の…」

「小川です」


 彼女はもう一度、申し訳なさそうに微笑んだ。


 点滴を受けながら眠る彼女をしばらく眺めていたくせに、

 言われてからようやく気がついた。


 印象も存在も薄い。

 図書館で見ていた彼女もそうだけれど、

 今ここにいる彼女もそれと全く変わらない。

 言われてみれば、図書館で見ていた彼女そのものだった。


 なのに俺が言われるまで気づかなかったのは、

 いつともとは違う彼女の外見のせいだった。


 図書館の小川さんは髪をひとつにまとめていて、

 ブラウスにカーディガン、スカートの時は少なくてほぼパンツ姿だ。


 横になった彼女は病院着を着ているけれど、

 歩道橋で倒れていた彼女を抱き上げた時に見たのは、

 黒い薄手のコートにグレーのスカートだった気がする。

 それに髪を結わえていない。


 よっぽど親しい友人でもない限り、

 気づくことはないだろう。


 ましてや彼女だ。

 淡く、薄い、ブラウスの色のような雰囲気の。


 彼女が俺に気づいたのが不思議なくらいだ。

 昨日の今日だったから、余計に覚えていたのだろうか。


「ごめんなさい、お仕事中に」

「いえ。それより…」


 大丈夫ですか、もう一度そう聞こうとして俺は口をつぐんだ。

 彼女の腕に刺さる針が、本当に痛々しく見えたからだ。