「中で点滴を受けてますけどどうします?」


 数分後に再び現れた看護師の言葉に、


「あ…」


 彼女を背負って、駅前を走って、病院の明かりを見たところまでは何となく覚えているけれど、

 はっきり言って一連の自分の行動は無意識のうちにやっていることだった。

 彼女と顔を合わせたところで、一体なにを話せばいいのか。


「だいぶ弱ってらっしゃるみたいですね。今は寝てますよ」

「そうですか…」

 
 俺は少し躊躇ったけれど中に入って様子を見ていくことにした。

 眠っているのなら直接顔を合わせずに済むだろう。


 見知らぬ男がいきなり現れて、

 ここまでのことを細かく説明するのもどうしたものか、と思うし、

 第一、俺のほうだって何と言えばいいのか分からない。


 あなたを見てて、いつのまにか倒れてて、

 それでここまで運んできました、

 なんて説明したとしても、聞いているほうとしては気持ちが悪いだろう。


 通された診察室の奥のカーテンの下から、

 簡易ベッドの細い足が見えた。


 様子を見たところで何になるのか。

 一瞬躊躇ったけれど、白いカーテンに手を伸ばし、ゆっくりとそれを引いた。



 ベッドに仰向けに寝かされている彼女の顔は、

 病院の無機質な白い明かりのせいもあるのだろうけれど、驚くほど青白く見えた。


 何だか、見てはいけないものを見てしまったような気持ちになる。

 
 髪はそれでもだいぶ乾いていて、

 青白い彼女の顔の周りを柔らかく囲みながら枕の上に広がっていた。


 ほとんど化粧もしていないだろう。

 眉もまつげも唇も、無防備なほどに無垢だった。


 唇が僅かに開いていて、小さな呼吸が聞こえてくる。

 よく見ると、下唇だけほんのり色味が差していて、

 それを見た俺は、奇妙なほどにほっとした。