一体俺は何をやってるんだろう。


 やっとそんな言葉が頭に浮かんだ時、

 俺は病院の廊下にある長椅子に腰かけていた。


 首を上げて眺めた廊下は薄暗く、

 非常階段の明かりが、エレベーターの下のほうだけ緑に染めている。


 急患受付の診察室のドアの向こうからは何やら話し声が聞こえてきて、

 やけに眩しい明かりが長椅子に腰かけた俺の右半身をかすめて廊下に伸びていた。


 前髪を伝って零れた雨粒が、頬骨の上で止まった。

 それを拭う指先は自分でも驚くほど冷たくなっていて、

 全身はしっとりと雨に占領されていた。


 指を組んでスニーカーの足先に目を落とす。

 前かがみになると、腕よりも肩よりも冷たい背中の感覚がわかった。


 そういえば…


 彼女はどうなったんだろう、と思ったとき、右半身の光が遮られた。


 眺めていたスニーカーの隣りに人影が映って、

 診察室の中から女の看護師が現れた。


「身内の方ですか?」


 声をかけられ見上げると、中の光を背負った看護師が俺を見おろしていた。


「あの…彼女は」


 質問に答えず考えていた言葉をそのまま口に出すと、

 看護師は少し表情を曇らせてから


「大丈夫ですよ。貧血でしょう、たぶん」

「…そうですか」


 言ってうつむいた俺に


「身内の方ですか?」


 もう一度同じ質問を繰り返した。


「あ、いえ…違うんです」

「違うんですか? うーん」

「その、倒れていて。彼女が。濡れて」

「お知り合いですか?」

「いえ…知り合いでもありません」

「そうですか。運んできてくれたんですね」

「ええ」


 看護師はそれだけを確認すると、一度中へ戻っていった。