自動ドアが開いて、一瞬、強い風が吹きつけた。

 細かいくせに鋭く襲ってくる雨に目を細め、

 ゆっくりとまぶたを持ち上げたときだった。

 

「………?」


 
 何が起きているのか、その時はわからなかった。


 けれど。



「――――っ!」



 気づいたときには、

 俺はもう、そこに向かって走りだしていた。



 いつも見ていたその光景が、

 彼女の部分だけ、壊れていることに気がついたからだ。


 開いたままの白い傘は、

 赤信号の光が滲む歩道橋の柵の間から見えていた。


 彼女の姿はなかった。

 いや、本当は見えていたのかもしれない。


 けれどその時俺の目に映ったのは、

 歩道橋の上に投げ出された転がる傘だけで、

 数分前と変わってしまった光景に、絶望的な気持ちにさえなった。


 ガラス細工のもろい部分、

 薄い彼女の一部だけ、崩れてしまっていたことに。


 走りながら、血の気が引いていくのが自分でもはっきりとわかった。


 雨の歩道橋。

 立ち止まったまま、動かない人。

 そこにあるべきはずのもの。


 元どおりにしたい、もしかしたらそれだけだったのかもしれない。


 そう、その時はきっと、

 それだけの気持ちだった。


 これ以上、何かが変わってしまうことに、


 耐えきれなかった。