白い傘

 見えない顔

 ただ雨の中で、佇む人


 二日続いた雨の夜

 彼女は俺の予想を裏切ってそこにいた




「藤本さん?」


 週刊誌を開いたまま窓の向こうを見つめていた俺に田中が怪訝な声を出す。


「どうしたんっすか? 何かありました?」

「あ、いや。何でも」


 田中は首をかしげながら、きょろきょろと窓の外をうかがっている。

 俺の見ているものはわからないみたいだ。

 わからない、ということは、これまでもその存在には気づいていなかったのだろう。


 慌てて週刊誌を棚に戻した。


「ほら、客だ」


 二人組の男性客が入ってきた。

 田中の背中を押す。

 田中は不思議な顔をしながらレジへ向かった。


 別に隠すものでもないのに、

 俺は田中に彼女の存在を教えたくなかった。


 何故だろう、よくわからない。


 誰かに教えてしまえば、

 その景色が、

 彼女を乗せた歩道橋が、

 そこにある絵画のような空間が、

 切り取られてしまうような気がした。


 自分だけが知っているその風景を、教えたくなかった。



 雨と、彼女と、

 出口の見えない似たような空間にいる自分のことを、



 隠したくて、仕方がなかった。