本が出版されてから数日後、飯島さんから電話がきた。

 まさか、彼がすぐに気付くとは思わなかったのでこっちが驚いた。


 会って、あのバーで酒を交わした。


「やっぱり君だったんだ。まさかとは思ったけど、読んでみて確信したよ」


 そう言って、飯島さんはカバンから白い一冊の本を取り出した。

 俺が書いた本だ。


「買ってくれたんですか。ありがとうございます」

「負けたよ」

「え?」

「君には負けた」


 飯島さんは、小さく微笑んだ。



 本は、本名で出した。

 出版社に自分の希望を通してもらい、カバーは何の装飾も無い真っ白なものにしてもらった。

 彼女への想いは、全てここへぶつけた。

 
 出版してしばらくは、気が気でなかった。

 誰からか問い合わせが来ていないか、何度も担当者に確認した。


 けれど……、

 同じ返事を聞くたびに携帯を握りしめたまま唇を噛んだ。

 落ち込んだりもした。




 でも、もう、いいんだ。


 いつか……

 いつか彼女に届けば……それでいい。


 あなたへ繋がるものが少しでも残せたこと。

 それだけでも良かったと、

 そう言える自分でありたいと思う。