PCをはさんで向かい側、

 その貸出し業務をまかされているのは女性司書で、

 年のころで言えば俺と同じくらいだろうか。


 いつも、肩より少し長めの黒髪を緩くひとつにくくっていて、

 淡い色のブラウスの上にクリーム色のカーディガンを羽織っている。

 そして、ひっそりと椅子に腰かけている。



 ひっそり、まさにそんな感じだ。

 受付をしている時以外の彼女の気配は薄い。

 
 図書館という場に馴染んでいる、とでも言うべきか、

 それとも存在自体がブラウスの色同様、淡い、とでも表現すればいいのだろうか。


 古びたインクの匂いと、明るすぎない粒子に包まれたこの空間の一部のようだ。


 気配は薄いけれど、逆に言えばここにあるたくさんの本のように、

 そこにいるのが必然で、そしてごく自然なのだ。


 PCにデータ入力をしているとき以外は、

 返却された本の確認をしたり、それを棚に戻しながら館内を静かに歩いている。


 本棚と本棚の間でたまにすれ違う彼女のネームプレートには「小川」と書かれており、

 通り過ぎた後には、わずかにシトラス系の香りが残る。

 爽やかというよりも、落ち着いた、どことなく寂しい香りだ。



 図書館に入ると、今日もそのふたりはカウンターの向こう側にいた。

 斉藤さんは相変わらず台帳に何かを書き込み、

 小川さんは小さな女の子を連れた母親への貸出し業務をしているところだった。


 女の子は背伸びをしながら、

 カウンターの奥でPCを操作する小川さんの手元を興味深げに覗き込んでいる。


 母親が本を受け取ると女の子は嬉しそうに手を伸ばし、

 受け取った絵本を、大事そうに肩掛けバッグに入れた。


 こちらへ向かってきた女の子が後ろを振り返った。


「ばいばい」


 カウンターの奥から見送る小川さんに手をふっている。


“ばいばい”


 小川さんは口を動かして小さく手を降り返した。


 その小さな笑顔の周りだけ、

 いつもの淡い空気に色をのせた。