電車を降り、飯島さんから受け取った傘を寒空に広げる。

 俺の上に、蒼い雨粒が広がった。

 彼女はいつも、どんな思いでこの雨粒を見ていたのだろう。

 

 俺の足は自然とあの歩道橋へ向かっていた。

 
 コンビニの前を過ぎると、レジに立つ田中が客の相手をしているのが見えた。

 そのままそこを通り過ぎ、歩道橋の階段に足をかける。

 一歩、また一歩と踏み出す足は重かった。


 もうすっかり雨に濡れた歩道橋は、朝方には凍りついてしまいそうな空気の中でひっそりと佇んでいる。

 まるで、小川さんのように。


 
 彼女を真似て、歩道橋の中央に立った。

 信号機はちょうど、青から赤に変わった。

 まばらになった車が雨脚を照らしながら左右に行きすぎる様子を、濡れた柵に手を置きながらぼんやりと眺めた。


 彼女はいつもこの場所に立ちながら、雨に滲んだ信号機の明かりを受けて前を見ていた。

 今の俺と同じように。

 ぼんやりと、何に、どこに視線を向けているのか分からない表情で。


 ふと、コンビニの窓に視線を移した。

 雑誌コーナーの明かりが歩道に反射している。

 男性がひとり、雑誌を引き抜いてレジのほうへ向かった。

 店の壁と屋根が死角を作っていて、ここからレジの様子は伺えない。


 店の中にいる時もそうだ。

 レジからは歩道橋の脚は見えても、柵から上は見えないのだ。

 

「あ……」



 何かが引っ掛かった。

 記憶のなかで、静止画がよみがえる。

 彼女を乗せた、この歩道橋。


 赤色の信号が青に変わった。

 左右を流れる車が停車して、駅方面から数台のタクシーが通りに出る。

 
 柵に置いた手のひらは冷え切って感覚をなくしていた。

 にもかかわらず、じんわりと汗がにじみ出てくるのが分かる。


 何か……

 何かが引っ掛かる。