小川さんはもうあの部屋にはいない?

 図書館をやめたのも、それが理由だろうか。

 それほど遠くへ行ってしまったのだろうか。

 
「引っ越し先……、飯島さん、知ってますよね? 教えてください」

「……」

「今すぐ行きます、俺。教えてください」


 飯島さんは静かに首を横にふった。


「知らないんだ」

「え?」

「教えてくれなかったんだ。いや、聞く前にいなくなってしまったんだよ」

「どういうことですか……」

「引っ越すっていうことは聞いたんだ。一週間前くらいに、ここで会って飲みながらね。
……おたがいの部屋に行くことはなくなっていたから。
手伝いに行くって話もした。だけど昨日アパートに行ったら……、もう越した後だったんだよ。慌てて電話してもつながらなかった」


 煙草に火をつけた飯島さんは、煙を吐き出しながら遠くを眺めている。


 はっとした俺はジーンズから携帯を取り出して小川さんの番号に電話をかけた。

 けれど受話の向こうからは無機質な応答が流れるだけで、彼女につながることはなかった。


「嘘だろ……」


 体中から力が抜けた。


 図書館にもいない。部屋にもいない。電話もつながらない。

 小川さんに通じる手段が、何もなくなってしまったのだ。


「何とか……連絡つかないんですか?」


 飯島さんは首をふるだけだ。

 もしかしたら、また二人で俺をだましているのではないか、そう一瞬だけ思い飯島さんの横顔を見つけてみたけれど、

 肩を落とし、影のかかったその姿を目にすると、彼の言葉に嘘はないことがわかり、余計に力が抜けた。


 何もかも嘘だと、誰かに言ってもらいたかった。