飯島さんの吐き出す紫煙が、ゆっくりと天井に上っていく。
それを見ながら俺は、なかなか話を切り出そうとしない飯島さんの横顔に思い切って声をかけた。
「話って、なんですか」
俺の声に、飯島さんが顔をむけた。
「俺、疲れてるし。できれば帰りたいんですけど」
「ああ……、ごめん」
飯島さんだって仕事帰りだ。
疲れているのは彼も同じだろう。
なのにこうして俺を呼び出しているということは、どうしても伝えたいことがあるからのはずだ。
けれどなかなか話題に出さないということは、俺にとっていい話でないことは確かだろう。
「小川さんのことでしょう? なんですか?」
続けて言うと、彼の表情が少しだけ動いた。
「結婚でもするんですか」
「え?」
「うまくいってるんならそれでいいですよ。もう、あなたたちのことに口を出すつもりもありませんから」
飯島さんは、俺の顔をじっと見つめていた。
それから小さく息を吐き、口を開いた。
「うまくなんていってないよ」
苦笑を浮かべた飯島さんは、俺の顔を見ながら続けた。
「俺と美咲のあいだには、何もないからね」
「え……?」
意味がわからず俺は眉を寄せた。
ゆっくりと深く煙を吸い込んでからそれを吐き出した飯島さんは、
長い灰を灰皿に落としながら呟いた。
「あの日……、一カ月前くらいだったっけ? 君が俺に電話をかけてきた日」
「……ええ」
「あの日、確かに彼女は俺の部屋に来ていたんだ」
「……」
“子供じゃないんだ”
あの日の電話の声。飯島さんの言葉。
小川さんの部屋の明かりが灯されていなかった日、飯島さんに電話をしたらそう言われたのだ。
俺だけを見てほしい。その言葉にうなづいた彼女は、その数日後には彼の部屋にいた。
それを思い出した俺は、目を伏せた。
その話を今ここでするなんて、どういうことなのか。

