息を飲む。

 腕を組んで棚に寄りかかっていた俺は、

 その体勢のまま、彼女をとらえた視線を動かすことができなかった。


 雨に反射する傘の群れは、

 暗闇の中でもやけに鮮やかだ。


 動かない彼女の傘もまた、

 そこにひっそりと咲く、一輪の花のように浮かび上がっている。


 寂しく、悲しい、置き忘れられた儚い花。


 
 彼女の、その表情まではわからない。

 いつかの夢に出てきた小川さんのように、

 何も無い空間を見つめているのだろうか。


 
 どうして今日、彼女はそこにいるのか。

 飯島さんは何をしているのか。


 疑問だけが頭の中を駆け巡る。


 
 ふと、ある記憶が蘇った。

 彼女に贈った、淡いピンク色の傘。


 動かない花を見つめる。


 どんなに目を細めてもその傘は、

 あの、蒼い雨粒を散らしたような、

 彼女の、傘だった。