「紅茶、淹れるね」


 そう言って、小川さんは俺の横を過ぎようとする。

 彼女が通り過ぎてしまう前に、俺は彼女の腕をとった。


 振り向いた彼女の顔に、少しばかり、緊張の色が浮かんでいる。


「どうして……、飯島さんのところに?」


 カラカラの喉から、やっとの思いで声が出た。

 俺を見上げる小川さんの顔に、表情は無い。


「小川さん」

「……」

「何か言ってください。どうして」

「私たち、別れたほうがいいと思うの」

「……え?」


 何を、言っているのだろう、彼女は。

 言葉の意味が、理解できない。


「答えになってないよ」

「私が、藤本くんをちゃんと見れなかったってこと」


 聴きたいこと、知りたいこと、確かめたいこと、

 すべての意識が混乱する。


「小川さん? 何なんですか?」

「別れよう、藤本くん」

「どうして……」

「そのほうがいいと思うの」

「……飯島さんと……寝たんですか」

「……ええ」


 体から、力が抜けていくのを感じた。

 小川さんの腕をつかんでいた手は、無意識のうちに離れていた。


 時計の針の音がする。

 やけに静かな時間だった。


「ごめんね。帰ってくれない?」


 再び部屋へ戻った彼女は、ソファに腰をおろし、そのまま何も語らなかった。



 改札で電車を待つ間、冬の風が何度も俺の頬を滑りぬけていった。

 灰色の空は今にも泣き出しそうなのに、不思議なほどに乾いている。