『美咲ならここにいるよ』


 ごく近くで響くその声に、体の筋肉が強張った。


「……え?」


 頭のなかを、やっぱり、という気持ちと、どうして、という疑問が交互に行き過ぎる。


『ここにいるよ』

「……代わってください」

『今寝てるんだ。君もよくわかってるだろ? たぶん、しばらくの間起きないよ』

「まさか……」

『なに?』

「何も……、何もしてませんよね」

『……』


 寒さのせいか、何なのか、指先と声が震えてしまう。

 うつむいた顔を上げ、小川さんの部屋の玄関を見つめたとき、


『子どもじゃないんだ』


 容赦ない彼の言葉は、俺の耳を貫いた。


 息苦しさが全身を襲う。

 何も言えず、俺は電話を切った。


「どうして……」


 飯島さんのところに?

 俺だけを見るって約束したじゃないか。


 どうして……。

 どうして……。


 混乱するばかりの俺の体は、

 再び急激に冷えていった。


 空は黒々と、辺りのものを飲み込むように広がっていた。