夜勤を終えた俺は、一旦自分のアパートへ戻った。

 奈巳の退院のこともあり、ほっとしたのだろうか、

 体はだるく、さすがに疲れていた。


 小川さんは5時まで仕事のはずだ。

 それまで少し寝ることにしたのだが、時間はあっという間に過ぎ去っていたらしく、寝起きに時計を見上げると、針は6時をさしていた。


 慌てて身支度を整えて、部屋を出た。

 外の空気は、起き掛けの体にいつも以上の冷たさで襲ってくる。


 彼女のアパートにつき、部屋を見上げてみたけれど、明かりはついていなかった。

 不安が一気に押し寄せる。


急いで取り出した携帯で小川さんへ電話をしたのだけれど、いくら鳴らしても彼女は出なかった。


 不安というのは、同時にいやな予感をも連れてくる。

 携帯を握り締めた俺は、そうであって欲しくないと願いながらも、ある人の番号を表示させていた。


 ボタンを押し、耳に押し当てた携帯の向こうで続くコール音。

 おそらく、そんなに鳴らしてはいなかっただろう。

 しかしそんなつかの間の時間が、寒空の下で立ち尽くす俺にはひどく長い時間に感じられた。


『―――もしもし?』


 彼の声がした。

 かけている相手がわかっているのに、自分でその声に身構えてしまう。


 声を出せずにいる俺に、

『もしもし? 藤本くんだろ?』

 飯島さんは続けた。


「……はい」

『なに?』

「あの」

『ん?』


 俺が言おうとしていることを、きっと飯島さんはわかっているはずだ。

 なのに、悔しいほどに落ち着いた電話の声。

 不安はますます湧き上がり、携帯を握り締める手に力が入ってしまう。


「小川さんが部屋にいないんです」

『……』

「どこにいるか知りませんか?」


 じばらくの間、無言の時間が流れた。