アパートの玄関にたどり着く頃には、全身がすっかり雪に覆われていた。
はらはらと舞う程度だった雪は、大きさも速度も増している。
ほんの数分の間で、街は白一色に染められようとしていた。
「明日は積もりそうだね」
コートについた雪を払いながら、小川さんは降りしきる雪を眺めている。
彼女の髪についた雪を払ってやりながら「そうですね」と言った俺の顔を、
小川さんはさっきと同じ表情をして見上げていた。
「どうしました?」
「うん」
答えになっていない返事をする小川さんに首をかしげ、玄関を開く。
「すぐにコーヒー淹れるんで、座っててください」
玄関の明かりをつけると、漏れた光に雪が映し出された。
降りしきる雪をバックに、小川さんはまだ俺を見上げている。
「小川さん?」
声をかけると、彼女の手がゆっくりと持ち上がり、
「藤本くん」
俺の前髪に触れた。
突然のことに驚いて動けずにいる俺に、
「今年も、これからも、よろしくね」
前髪に触れていた手が下ろされて、握手を求めるように差しのべられる。
小さく微笑む小川さんに戸惑いながらも俺はその手を取った。
彼女の冷えた手は、でも微かに温かかった。
小川さんはそのまま、俺に身を寄せた。
ふいに訪れた目の前のぬくもりにしばらく動けなかったけれど、
肩越しに見える白い雪をぼんやりと眺めているうちに、彼女が言っている言葉の意味にようやく気づいた。
「小川さん」
その身体を抱きしめて、
きつくきつく抱きしめて、声を絞り出す。
「俺を……俺だけを見てください」
雪は音もなく舞い降りる。
はらはらと、全てを包むように。
縦に小さく動いた小川さんの髪に顔をうずめ、抱きしめていた腕にもう一度力を込めた。
玄関先に伸びた重なった影は、
向こうに広がる雪の華にまで届きそうな気がした。

