俺が贈ったのは傘だった。
薄いピンク地に、花模様の刺繍が周りを縁取っている。
女物の傘なんて勿論買ったことなどなかった。
散々悩んだけれど、たぶん俺はあの写真を思い出していたんだと思う。
どことなく桜のイメージに近いものを最後には手にしていた。
そして、傘を贈ったのには理由がある。
「俺、」
「ん?」
「小川さんの、あの傘が嫌いなんです」
「え?」
「小川さんがいつもさしている、あの白っぽい、雨粒が散らばったような傘が嫌いなんです」
俺の言葉を小川さんは黙って聞いていた。
「小川さんは、もっと優しい色が似合う。寂しいのじゃなくて、優しい色が。
……そうじゃないな。いや、そうなんですけど、あの傘をさすあなたを見たくないんです」
彼女は俯きながら静かに傘を撫でている。
何かを思い出す時に近いような表情だった。
「気に入りませんか?」
「ううん。すごく綺麗で優しい色。ありがとう」
「……良かった」
「ごめんね。私、藤本くんに何にも用意してないの。もう最悪。ダメだね、私」
これが彼女の答えといえばそれまでだろう。
俺は彼女にとって、特別な贈り物をするような相手でも何でもないのだ。
けれど、今の俺にとって、そんなことはどうでも良かった。
「そんなの、いいんです」
「ごめんね」
「いいんです」
「でも」
「あなたがここに居てくれれば、それでいいんです」
開きかけた唇をそのままに彼女の動きが止まる。
俺は精一杯の笑顔を作って小川さんを見おろした。
彼女がもう、余計なことで悩まないように。
それからも雨は降らなかった。
代わりに、大晦日の夜に今年最初で最後の雪が舞い降りた。
辺りを淡く染める程度の軽い軽い粉雪だった。
その日も一緒にいた。
ふたりで寄り添うようにソファに座り、何をするわけでもなく、ただ時計の針を眺めながら静かに次の年を迎えた。