どうしても好きな人がいるということをゆっくりと話した。

 雨の日に出会い、今も会っているということ。

 こと細かくとまではいかなかったけれど、話せる部分の全ては伝えた。


 奈巳は俯いたままで聞いていた。

 時々肩が揺れた。

 唇を固く結んでいるのが分かった。


 話が終わったあと、とうとう奈巳の目から涙が零れ落ちた。

 俺はその涙を拭うこともできずに座ったままだった。


「ごめん、奈巳」


 俯いたままの奈巳に声をかける。


「ごめんなんて言葉じゃ済まないんだろうけど……他に何て言ったらいいのか分からないんだ」


 頬を伝う涙をそのままにして、僅かに奈巳の顔が左右に揺れる。


「本当に……ごめん」


 それ以上は何も言えなかった。


「その人が……本当に好きなんだね」


 小さな声がしたのは、それからしばらく経ってからだった。

 
「……奈巳」

「どうしても……好きなんでしょ」

「……好き、なんだ」

「……なら、どうしようもないよね」

「奈巳……ごめん」

「……もういい。分かったから」


 奈巳の顔には、ぎこちない笑顔が浮かんでいた。

 笑わなくてもいいのに。許してくれただけで十分なのに。


 けれど俺は、許してもらえたことにほっとしていた。

 奈巳にティッシュを差し出す少しの余裕も持てていた。


 俺なんかよりも奈巳はずっと強い。

 そう思いながら、涙を拭うその姿を眺めていた。


 どれほどの傷を奈巳に負わせていたのかにも気づかずに。