奈巳はいつかのように、ラグに腰を下ろした俺にホットミルクを出してくれた。

 最近あった出来事などを早口で俺に話しながら。

 今まで溜め込んでいたものを吐き出すような勢いで。


 頷きながら聞いていた俺は、けれどずっと上の空だった。

 嬉しそうに話をする奈巳の顔を、まともに見ることが出来なかった。


 奈巳の話が途切れると、部屋に少しの沈黙が流れた。

 テーブルの反対側に小さく座った奈巳は、じっと俺を見つめてから口を開いた。


「ごめん。あたしばっかり喋っちゃって」

「いや。全然」

「淳、ずっと忙しかったみたいだね」

「うん」

「具合悪かったんじゃないよね? 部屋に行こうかな、とも思ったけどさ……何だか行きにくくて……」


 奈巳の表情が曇った。

 さっきまでの明るい笑顔ない。


 その顔に声をかけようと口を開くのだけれど思うように言葉が出てこなかった。

 首が自然にうな垂れてしまう。

 ホットミルクの入ったカップを握り締めながら、頭の中を整理するのに必死だった。


 上手い嘘も考えた。

 このまま何も話さずに付き合うという形をとったままでいようかとも考えた。

 けれど、出来そうになかった。

 どんなにきれいごとを並べても言い訳にしかならないだろう。


 奈巳は俺にとって大事な人間だ。それは正直に言える。

 今つこうとしている嘘なんかより、これまで奈巳についてきた嘘のほうが何十倍も何百倍も大きいのだ。


 ―――正直に話そう。長くなっても、最初から。


 ようやくまとまった頭を持ち上げると、奈巳の視線とぶつかった。

 その顔はまだ曇ったままで、何となく泣き出しそうな表情だった。


 奈巳はきっと気づいていた。


“行きにくい”


 その言葉に奈巳の本心が表れていたんだろう。

 明るさで、ごまかしているだけで。

 
 俺はどこまでも、奈巳に甘えていた。


「奈巳、あのな……」


 俺が話始めると、奈巳は俯いて目を閉じた。

 これから聞かされることに、耐えようとするように。