小川さんの部屋からの帰り、思い立ってオヤジさんの店に足を運んだ。


「いらっしゃいませ。お久しぶりです」


 のれんをくぐると、コミヤの声がした。


「ひさしぶり」


 コミヤに声をかけてからカウンターに腰かけると、まな板に向かって刺身を切るオヤジさんが顔を上げた。


「久しぶりだな」

「お久しぶりです、ホント」

「なんだ、眠そうな顔して」

「そうですか?」

「若いくせに。目の下が黒いぞ」


 言われてみれば疲れているような気がする。

 首を回すと、骨のなる鈍い音がした。


 小川さんのところに通うようになってから、まともな睡眠時間も取れていなかった。

 それに今頃気づくなんて、自分でも相当気を張っているんだろう。


「ちゃんと食ってんのか、お前。また痩せたんじゃないのか?」

「いや、ちゃんと食ってます、一応」

「ならいいけどな」


 コミヤが差し出したおしぼりを受け取り、まるでサラリーマンのように顔を拭った俺をオヤジさんは苦笑して眺めていた。


「ビールでいいか?」

「はい」


 隣りで聞いていたコミヤが中ジョッキを用意する。

 勢い良く注ぎこまれるビールの泡を、カウンターに頬杖をつきながら眺めた。