「あの場所に……歩道橋に行く理由を教えてくれませんか」


 俺の言葉に、小川さんはゆっくりと顔を上げた。

 どうしてそんなことを聞くのかというような表情に見えて一瞬うろたえたけれど、それでも俺は、聞かずにはいられなかった。


「あなたが苦しんでいる姿を、もう見たくないんです。いや……気になって仕方がないんだ、あなたが。
あなたがあの場所に立っているかもしれないと思うと、どうしても探してしまう。雨の日を待ってしまう。
だからせめて……理由だけでも聞かせて欲しい」


 自分勝手だろう。

 目の前に力が抜けきった彼女がいるというのに、追い討ちをかけるようにしてこんな言葉を一気に浴びせてしまうなんて。


 けれどでも、彼女の哀れな姿を見るのはもう嫌だった。

 そして、自分が苦しむのも嫌だったのだ。


 うつむいた小川さんの横顔に薄く影がさす。

 しばらくの間、沈黙だけが流れた。


「あの場所で……」


 うつむいたままの小川さんの口が静かに開いた。

 窓を打つ雨の音が、僅かな沈黙を埋めてから、


「……彼が死んだの」


 聞き取れないほどの小声で、小川さんが呟いた。


「……」

「私が殺したのよ」

「……え?」

「私が殺したの」


 俺が言葉を出せずにいると、

 小川さんは顔を両手で覆って泣き崩れた。