俺を映しているはずの瞳は、しばらくの間動かなかった。


「小川さん……」


 呟いた俺の言葉に、ようやく正気を取り戻したような顔つきになった彼女は、


「藤本くん……元気だった?」


 小さすぎる声を出し、僅かに笑顔を浮かばせた。


 “元気だった?”


 まただ。

 どうして彼女は、こんなふうに何事もなかったかのような言葉を俺に向かって放つのだろう。


 “どうかした?”


 ―――あの時のように。



「あなたは……無神経な人だ」


 何て無神経なんだ。

 俺のことだけ、こんなに振り回しておいて。

 続けて出そうになる言葉を必死で呑み込むと、唇を濡らす雨粒の苦い味がした。


 雨音と共に打ち消された俺の言葉は、小川さんには届いていないかのように思えた。

 ぼんやりと俺を見上げる瞳にはまだ、光が戻っていない。


 けれど、


「私は……そうね。無神経で馬鹿で……」


 その後の言葉は聞き取れなかった。

 うつむいた小川さんの体が震えていた。


 小川さんが握っている傘を拾い上げた俺は、彼女の上にそれをかざした。

 彼女の全身は、けれどしっとりと濡れてしまっている。

 今更意味がないかもしれないが、これ以上彼女を雨に打たせておくわけにはいかなかった。


「とにかく帰りましょう」


 俺は彼女の手をとった。

 驚くほど冷たい手の感触に、俺は握った手に力を込めて彼女の歩みを促した。