タイムカードを押してレジに出ると、田中は客の相手をしていた。


「おつかれ」


 その背中に声をかけて出口へ向かう。


「おつかれさまでしたー」


 ピッ、というスキャンの音と共に田中の声が響いた。

 振り返り手を上げると、田中はこくりと首を下げた。



 自動ドアが開いて外に出る。

 静かに降る雨は、街全体を黒く覆っていた。

 
 イルミネーションの明かりが、濡れたアスファルトの上に滲んでいる。

 そのせいか、夜なのにやけに辺りが眩しく感じられて目を細めた。


 小川さんの傘は、そこにあった。

 歩道橋の上に。

 あの、静止画に似た静けさで。


 俺は直ぐに視線を逸らした。

 このままじゃ、どんどん引き戻されてしまう。

 あの場所に。出口の見えない寂しさに。


 ―――ひとりに。



 うつむきながら、濡れたアスファルトを歩いた。

 傘で、身を隠すようにして。


 なのに。



 どうして……

 忘れようと思うものほど、まとわり付いて離れないのだろう。

 忘れずとも、ただの思い出になってくれれば楽なのに。


 
 振り返った俺の目に映ったのは、白い傘だった。


 けれどそれは、小川さんの肩にはのっていなかった。


 心臓が跳ね上がった。

 また倒れたのか。


 止まりそうになる息を吐き出して目を凝らすと、

 小川さんはちゃんと立っていて、ただ傘だけが、歩道の上に下ろされているのが分かった。


「……何で」


 こんな冷たい雨の中で―――


「何してんだよ……」



 どうして君は、


 雨に打たれようとするんだ―――