こんな雨の中で、立ち止まったまま君は


「……もう、いいんだよ」

「何がいいんだよ」

「奈巳と付き合うことにしたから、もういいんだ」

「なんだよそれ。その彼女のこと、好きなんだろ? なのに何で奈巳なんだよ」

「振られたんだよ」

「……」

「だから、いいんだ」


 俺は圭吾から視線を外してテーブルの上を眺めた。

 ジョッキを伝って流れ落ちる水滴が、店の明かりを映していた。


「……奈巳、喜んでたよ。アイツがお前のこと好きだっていうのは知ってたし」


 圭吾がジョッキを持ち上げると、水滴が揺らいだ。

 
「お前がしてた話をしてやろうかとも思ったけど、奈巳の顔見てたらそんなこと言えなかった」


 水溜りにも似た水滴に、圭吾の顔が映っている。

 伏せられた目は、何度もまばたきを繰り返していた。


「本気じゃねーなら……やめろ」


 押し殺すような声でそう呟いた圭吾は、それ以上なにも言わなかった。

 ドン、と置かれたジョッキが水溜りの形を崩し、細かい水滴がその周りに雨粒みたいに散らばった。


「ああ…」


 うつむいたまま返事をした俺も、それ以上の言葉が出てこなかった。


 客が減った店内には、コミヤが皿を洗う音がよく響いている。

 俺と圭吾のいつもとは違った雰囲気に気づいているのだろう、

 オヤジさんはいつものように黙って包丁を動かしながら、時々、心配気な顔をこちらに向けていた。