雨に濡れた体を電車に押し込める。

 車内は空いていた。

 ずぶ濡れに近い俺が乗り込んでいくと、皆じろじろと遠慮なく視線を投げかけてきた。

 そんな視線を浴びても、俺は何も感じなかった。


 自分の駅へつき、改札を抜けて、

 俺はダウンジャケットのポケットに入れておいた携帯を取り出して奈巳へ電話した。


「……もしもし」

「もしもし? 淳?」


 0時を過ぎていたけれど、奈巳はすぐに電話に出た。

 電話はおろか、滅多にメールもしない俺からの着信に驚いているのか、「どーしたの?」と繰り返している。


「いや、別に何でもないんだけどさ」

「何でもないのに急に電話なんてかけてこないでしょ。どしたの?」

「いや」

「もー、何なの? はっきり言って。何かあったんでしょ?」


 電話越しに奈巳の声を聞いていると、妙に安心した。

 いつもならうるさいくらいの明るく高い声も、今はとても心地いい。


「……あのさ」

「うん?」

「今から……そっち行っていい?」

「え? うち?」

「うん」


 目の前の通りはすっかり雨に濡れている。

 歩く人たちは皆傘をさして急ぎ足だ。


 その様子を柱に寄りかかりながら見ていた俺の体は、急激に冷えてきた。

 奈巳と話しながらもまだ、頭の中にはさっきの小川さんの姿が浮かんでくる。


 一人になるのが……今は嫌だった。


「駄目かな」

「……いいけど……散らかってるからね」


 電話をきった俺は、奈巳のアパートへ向かった。