「危ないじゃないか。何てことするんだよ」


 屈んだ飯島さんは、テーブル上の布巾を使って床を拭いている。

 どうしてそんなに冷静でいられるのか。


 まだ震える体を抑えながら、飯島さんを見おろしていると、


「……何の音? どうしたの……?」


 小さな声がした。


 ベッドに視線を移すと、

 少しだけ体を起こした小川さんが首をかしげてこちらを見ていた。


 テレビの光が眩しいのだろう。

 それとも寝起きだからだろうか、

 細めた目は、辺りを探るようにゆっくりと動いていた。


「ごめん。起こしたね」


 床を拭いていた飯島さんが顔をあげて、申し訳なさそうに苦笑する。


「どうしたの?」

「コーヒーをね、こぼしちゃって」

「コーヒー?」

「うん」


 小川さんは俺に気づいていないのか、

 中腰になっている飯島さんの姿を不思議そうに眺めていた。


「美咲、藤本くんが来てるんだ」


 そう言って飯島さんが俺を見上げると、

 ようやく小川さんの顔がこちらを向いた。


 白い肩を覗かせたままの小川さんは俺の姿を瞳に捉えると、


「藤本くん……来てたんだ」


 さほど驚いた様子もなく、ぼんやりと俺を見つめている。

 寝ぼけた、幼い少女のように。

 けれど。

 大人の女性の気だるさで。