黒い画面をエンディングのテロップがゆっくりと上っていく。

 小川さんはまだ、何も喋らない。


 俺は咳払いをし、両手を組んで前に伸びをした。

 わざとらしくならないように少しだけ首を傾けて隣の小川さんを見た。


 小川さんは膝の上に軽く両手をのせていた。

 白いセーターの袖口から、銀色の腕時計が僅かに見えている。

 きらりと光るものがチェック柄のスカートに落ちたような気がして彼女の顔に目をやると、

 小川さんの頬には、何本もの涙の筋が通っていた。



 彼女は泣いていた。

 声も出さず、静かに。

 涙を拭うことも忘れたかのようにぼんやりと前を向いたままで。


 小川さんの目からは、途切れることなく涙が零れ落ちてくる。

 画面にはまだテロップが流れているけれど、

 彼女の目にそれを追っている気配はなかった。


 画面の向こうなのか、それとも目の前の空間なのか、

 時々まばたきをする瞳は、生気を失ったかのように虚ろだった。



 はっとした。

 その横顔と瞳が、夢の中の小川さんとぴたりと重なって見えたからだ。


 たったひとりで雨の中に立ち止まったまま、

 何を映すわけでもなくただ前に向けられた視線。


 下を歩く人はもちろん、振り向けばそこにいる俺にさえも気づかないあの瞳。

 止まった時間の中に立ち尽くしているだけの、あの夢の中の小川さんがここに居る。



 夢の中のように、しばらくのあいだ俺は動けなかった。

 けれど。

 これは夢ではないのだ。


 次々と流れ落ちる彼女の涙がスカートの上に染みを作る。

 それが何故だかとても痛くて、切なくて、苦しくて、

 俺の手は小川さんの頬に伸びていた。