部屋に戻った小川さんは、ふうと息をついてソファに腰かけた。

 促されるまま部屋に上がった俺も、テーブルを挟んで向かい側に腰をおろした。


 小川さんの顔色はまだ青白く、肩で息をしている感がある。

 ずっと彼女を気にかけながらここまで戻ってきた俺のほうも、少しの疲労感が体を包んでいた。


 部屋の中には明るい光がすっと差し込んでいる。

 日が沈むまでまだ十分な時間が残っていた。


「ごめんね。せっかく付き合ってもらったのに」


 そう言った小川さんは立ち上がり、机の引き出しから薬袋のようなものを取り出した。

 流しで水を汲み、袋から取り出した錠剤を飲み込む喉元がこくりと動いている。


 部屋に戻った彼女はまた「ごめんね」と謝った。

 謝る必要なんてない。

 誘ったのは俺のほうなのだから。

 
 欲を言えば、もっと太陽の下で笑う彼女の顔を見ていたかった気もするけれど、

 ほんの少しでもそんな彼女の姿を目にすることができたことに俺のほうは十分に満足していた。


「いえ、付き合ってもらったのは俺のほうですよ」

「でも、動物園に行きたいって言ったのは私だし。本当にごめんね」

「そんなことないです。それより…大丈夫ですか?」

「うん大丈夫。そのうち落ち着くと思うから」


 紅茶を淹れようとした彼女を制してソファに座らせた。

 代わりにそれを受けとった俺は二人分の紅茶を用意した。


「すみません、紅茶なんてちゃんと淹れたことなくて」


 見よう見まねで淹れた紅茶は少し苦い。

 それでも、「美味しい」と言ってくれた小川さんの唇に少しだけ色が戻っているのを見て、俺は本気で胸を撫で下ろした。