「見てたんなら、どうしてあの日何も聞かなかったんだよ。全然知らないみたいな態度だったじゃん、お前」

「なんか訳ありなのかなって思って。
だって藤本さんがいきなりああいう行動とることって無いじゃないっすか。いっつもかったるそうだし。
言いたかったら自分から言うだろうし。」


 はははと笑った田中は、


「小川さんでしたっけ? 美人っすね」


 そう言っておでんをつつき始めた。

 箸の先で玉子を回転させる姿を、俺は呆気にとられて眺めた。


 コイツ…

 俺が思っているほど、適当なヤツじゃないのかもしれない。


 油断ならないな、という気持ちと、

 あの日何も聞かないでいてくれたことに、何だか気の抜けるような安心感を覚えた。


「お前らしくないっていうか何ていうか」

「俺だってちょっとは気を遣いますよー」

「まあでも、俺と小川さんは何でもねーし」

「そうなんっすか? でも藤本さん…いや、何でもないっす」


 意味ありげに笑った田中の鼻から流行りの曲が流れてくる。


 田中が言いたい言葉は分かる。

 コイツがそう感じるくらい、最近の俺は本当に楽しそうに見えるのだろう。

 それは決して否定できない。


 実際、彼女に会えるのが楽しみな自分がここにいる。


 腕を組んで眺めるおでんの湯気は、ゆらゆらと途切れることなく昇っていく。

 知らず知らずのうちに込み上げてくる、俺の気持ちのように。


 楽しみ…というだけだろうか、本当に。


 例えば、彼女の頬に手を当てるしぐさ。

 甘いものを見て動く「美味しそう」という唇の動き。

 おつりを受け取る手のひらの形。

 じゃあまた、と上がる腕の角度。

 その時の、笑顔の温度。


 細かいしぐさまで、はっきり浮かんでくる。



 ―――好きなんじゃないか



 随分昔に置いてきてしまっていた感情に、


 田中の言葉を借りて、気づいた。