駅に着くと、飯島さんは俺に帰り道を尋ねてきた。

 電車で帰ると告げると、彼はタクシーで帰ると言ってタクシープールの方へ体を向けた。


「じゃあ」と手を上げて歩き出した飯島さんに軽く頭を下げたのだが、

 立ち止まった飯島さんは何かを考えるように口元に手を当てている。


 その様子に首をかしげていた俺のもとに戻った彼は、


「彼女には、深入りしないほうがいい」


 突然、そう言った。

 飯島さんの顔から、ついさっきまでの優しさが消えていた。


「あの…」


 何だろう。

 
 俺はしばらく声を出せずにいた。

 彼の表情には何となく険しさがある。

 背の高い彼に見おろされると、戸惑うより他に何もできなかった。


 しばらくすると、飯島さんはふっと口角を上げた。

 彼の顔に、わずかだが穏やかさが戻った。


「君が傷つくことになりそうな気がするからね」

「…え?」

「傷つくのは……いや、余計な事かな」

「…あの」

「じゃあ」


 俺に背を向ける直前、飯島さんは寂しそうに微笑んだ。

 冬の強い風の中で、とても寂しそうに。


 俺は彼の後ろ姿をその場で突っ立ったまま見送った。


 タクシーが構内から見えなくなっても、

 受け取った名刺を片手に握り締めたまま、動けずにいた。