あの日はあれからまたあの定住地に戻り、肩を並べて眠りについた。ここで夜を明かすのは5日ぶりだ。
生憎天気は曇りで、星も月でさえも見ることは出来なかった。だけど、それで良かった。雲のない綺麗な空はふたりには荷が重すぎるから。
目覚めてから昨日は土曜日だったこともあり一日中この場所で過ごした。おいかけっこやかくれんぼ、だるまさんがころんだ、など思いつく限りの遊びをずぅっと。子供に戻ったみたいにはしゃいで、騒いで。
夜中まで走り回り遊び疲れてふたりが目を覚ましたのは次の日の夕方のことだった。
太陽は傾き、地平線に消えてゆく。既に東の空には月が浮かんでいた。春は灰色の空に時折瞬くくすんだ白の光を草むらに寝転んで眺めていた。視界の端から璃来が春の顔を見下ろす。影が落とされる。
「春、花火見たい?」
「花火?まだこの時期にはやってないんじゃ...」
「だから、ふたりだけだよ。行こう、春」
璃来に手を差し伸べられ立ち上がる。
この近くにもう使われてない飛行機の滑走路があった。春は璃来に促されるまま頼りない手持ちライトで前を照らしながら歩いていく。
こっち、次はこっち、と徐々に低い建物ばかりが軒を連ねる田舎道になっていく。途中で通った明かりの漏れていた駄菓子屋で璃来は足を止めた。
「おばあちゃん、閉めるの待って!」
店先で鍵をかけようとしていた老婆に璃来は声をかけた。
「花火、あれください」
「はいはい、ちょっと待ってね」
老婆は店の戸を再び開け壁に括り付けられた手持ち花火の袋を手に取りしわがれた手で紐を解く。その中から一番種類が多いものを取った。ついでにとばかりに駄菓子を買い込む。
「はいね、1000円でいいよ」
恐らく倍はするであろうその量に璃来は驚いて聞き返す。
「いいんだよ、久しぶりに可愛いお嬢ちゃんたちが来てくれて嬉しいから、そのおまけ。遠慮しないで受け取っておくれ」
ふたりは素直にお礼を言い代金を支払いそれを受け取った。去り際に老婆は「ありがとうね」と言い店の奥に入っていくのだった。
振り返り老婆が見えなくなるまでふたりは彼女に後ろ歩きで大きく手を振り別れを告げて。
廃滑走路に着いたのは22時を過ぎた頃だった。用水路を跨ぎ穴の空いたフェンスをくぐった先に滑走路が広がっていた。
璃来はフェンスの隅に転がっていた苔こけの生えたバケツを拾い、用水路で水を汲んで春に遅れてフェンスをくぐった。
朧げに光る月の下、ふたりは火花を散らす手持ち花火に照らされ小さい子どもみたいにはしゃいでいた。
よく晴れた日の深夜、目映まばゆい星月夜に、ふたりだけで。
「璃来見て、ハート!」
春は宙に弧を描かき光の残像でハートの形が現れた。すぐに消えてしまうので何度も同じ場所を手持ち花火の先端でなぞる。それを見た璃来も無限大のマークを描えがいた。
火が消え役目を終えたそれを水の入ったバケツに突っ込み、次々に手に取り地面に立てたろうそくの火を灯してゆく。
「春、離れて!いくよ!」
璃来は地面に置いた噴出花火に火をつけた。
「「お~~!」」
「きれー…」
それから複数の手持ち花火に同時に火をつけたり走り回って光の残像で身をまとったり、時間を忘れて遊んだ。
花火は残りあと僅か。
ろうそくを囲ってしゃがんだふたりは、線香花火に火を灯した。
「どっちが長く持つか勝負ね」
「勝ったらお互いなんでもお願い叶えてあげよう」
「ほんと!?絶対負けない」
勝負は春の駄々により三回勝負にもつれ込んだが、璃来の圧勝だった。
「え~なんで!?璃来、もういっかい!これで決めるから」
「仕方ないなぁ」
「待って、璃来が選んだそれ、私のと交換!」
「はいはい。じゃあいい?せーの_...」
璃来はろうそくに灯された灯かりを吹いて消した。バケツの水を捨て、冷たくなった花火の燃えカスを駄菓子屋でもらったビニール袋に詰め込んだ。その袋を持った璃来は「近くにゴミ捨て場がある」と言い春は歩いていく璃来の背中を追った。
流れる川に渡された小さな橋の上にそれはあった。立てかけられた看板に可燃の文字を見る。
紙ごみが詰め込まれているゴミ袋が所狭しと黄色い網ロープに覆われて回収を待っている。
璃来はその燃えるゴミ用の袋を一つ手に取り縛られた口を開け、花火の燃え殻の入ったごみを押し込み再度口を縛る。「内緒」と言って袋をロープの下にくぐらせ両手をはたいた。
内気な春は不安げにゴミ回収場所を振り返る。そんな春を見兼ねた璃来が口を開く。
「春は真似しちゃだめだからね。汚れ役はぼくだけで十分」
「…いやだ」
「いいの」
「一緒に背負うって決めたの。私、気は弱いけど頑固だよ」
「…うん。」
春に手を繋がれた璃来は、そう呟いただけで次の言葉が出てこなかった。春の言葉がやはり嬉しかったのだから。
そのまま暫く会話を交わさずに真夜中のまちなかをゆっくり歩いていた。
「_生きてね、春」
璃来の口からぽつりと呟かれたその言葉に、春はなんと返したらいいのかわからず、言葉が喉につっかえた。
ふたり、空を見上げていた。
生憎天気は曇りで、星も月でさえも見ることは出来なかった。だけど、それで良かった。雲のない綺麗な空はふたりには荷が重すぎるから。
目覚めてから昨日は土曜日だったこともあり一日中この場所で過ごした。おいかけっこやかくれんぼ、だるまさんがころんだ、など思いつく限りの遊びをずぅっと。子供に戻ったみたいにはしゃいで、騒いで。
夜中まで走り回り遊び疲れてふたりが目を覚ましたのは次の日の夕方のことだった。
太陽は傾き、地平線に消えてゆく。既に東の空には月が浮かんでいた。春は灰色の空に時折瞬くくすんだ白の光を草むらに寝転んで眺めていた。視界の端から璃来が春の顔を見下ろす。影が落とされる。
「春、花火見たい?」
「花火?まだこの時期にはやってないんじゃ...」
「だから、ふたりだけだよ。行こう、春」
璃来に手を差し伸べられ立ち上がる。
この近くにもう使われてない飛行機の滑走路があった。春は璃来に促されるまま頼りない手持ちライトで前を照らしながら歩いていく。
こっち、次はこっち、と徐々に低い建物ばかりが軒を連ねる田舎道になっていく。途中で通った明かりの漏れていた駄菓子屋で璃来は足を止めた。
「おばあちゃん、閉めるの待って!」
店先で鍵をかけようとしていた老婆に璃来は声をかけた。
「花火、あれください」
「はいはい、ちょっと待ってね」
老婆は店の戸を再び開け壁に括り付けられた手持ち花火の袋を手に取りしわがれた手で紐を解く。その中から一番種類が多いものを取った。ついでにとばかりに駄菓子を買い込む。
「はいね、1000円でいいよ」
恐らく倍はするであろうその量に璃来は驚いて聞き返す。
「いいんだよ、久しぶりに可愛いお嬢ちゃんたちが来てくれて嬉しいから、そのおまけ。遠慮しないで受け取っておくれ」
ふたりは素直にお礼を言い代金を支払いそれを受け取った。去り際に老婆は「ありがとうね」と言い店の奥に入っていくのだった。
振り返り老婆が見えなくなるまでふたりは彼女に後ろ歩きで大きく手を振り別れを告げて。
廃滑走路に着いたのは22時を過ぎた頃だった。用水路を跨ぎ穴の空いたフェンスをくぐった先に滑走路が広がっていた。
璃来はフェンスの隅に転がっていた苔こけの生えたバケツを拾い、用水路で水を汲んで春に遅れてフェンスをくぐった。
朧げに光る月の下、ふたりは火花を散らす手持ち花火に照らされ小さい子どもみたいにはしゃいでいた。
よく晴れた日の深夜、目映まばゆい星月夜に、ふたりだけで。
「璃来見て、ハート!」
春は宙に弧を描かき光の残像でハートの形が現れた。すぐに消えてしまうので何度も同じ場所を手持ち花火の先端でなぞる。それを見た璃来も無限大のマークを描えがいた。
火が消え役目を終えたそれを水の入ったバケツに突っ込み、次々に手に取り地面に立てたろうそくの火を灯してゆく。
「春、離れて!いくよ!」
璃来は地面に置いた噴出花火に火をつけた。
「「お~~!」」
「きれー…」
それから複数の手持ち花火に同時に火をつけたり走り回って光の残像で身をまとったり、時間を忘れて遊んだ。
花火は残りあと僅か。
ろうそくを囲ってしゃがんだふたりは、線香花火に火を灯した。
「どっちが長く持つか勝負ね」
「勝ったらお互いなんでもお願い叶えてあげよう」
「ほんと!?絶対負けない」
勝負は春の駄々により三回勝負にもつれ込んだが、璃来の圧勝だった。
「え~なんで!?璃来、もういっかい!これで決めるから」
「仕方ないなぁ」
「待って、璃来が選んだそれ、私のと交換!」
「はいはい。じゃあいい?せーの_...」
璃来はろうそくに灯された灯かりを吹いて消した。バケツの水を捨て、冷たくなった花火の燃えカスを駄菓子屋でもらったビニール袋に詰め込んだ。その袋を持った璃来は「近くにゴミ捨て場がある」と言い春は歩いていく璃来の背中を追った。
流れる川に渡された小さな橋の上にそれはあった。立てかけられた看板に可燃の文字を見る。
紙ごみが詰め込まれているゴミ袋が所狭しと黄色い網ロープに覆われて回収を待っている。
璃来はその燃えるゴミ用の袋を一つ手に取り縛られた口を開け、花火の燃え殻の入ったごみを押し込み再度口を縛る。「内緒」と言って袋をロープの下にくぐらせ両手をはたいた。
内気な春は不安げにゴミ回収場所を振り返る。そんな春を見兼ねた璃来が口を開く。
「春は真似しちゃだめだからね。汚れ役はぼくだけで十分」
「…いやだ」
「いいの」
「一緒に背負うって決めたの。私、気は弱いけど頑固だよ」
「…うん。」
春に手を繋がれた璃来は、そう呟いただけで次の言葉が出てこなかった。春の言葉がやはり嬉しかったのだから。
そのまま暫く会話を交わさずに真夜中のまちなかをゆっくり歩いていた。
「_生きてね、春」
璃来の口からぽつりと呟かれたその言葉に、春はなんと返したらいいのかわからず、言葉が喉につっかえた。
ふたり、空を見上げていた。
