深夜の逃避行劇

あのホテルに泊まった日から既に4日が経過していた。

思い思いに出かけたい場所に行き、春の出世払いということで璃来のお金でとことん贅沢をした。服を買って食べ物を買って、汗をかいたら銭湯へ。雑貨を買っては定住地となったあの廃電車を彩ってゆく。
他人に関心のない都会の街である事が、ふたりが自由に遊べるひとつの要因だった。

だがいよいよまわりが動き出しているようで、街にはいつもはいない自転車を漕いで巡回警備を行う警察の姿がちらほらと見えた。まわりの大人、全員が敵になっていた。ここからが本当のふたりぼっちだ。

そんなときでも璃来は呑気に鼻歌を歌いながら河川敷を歩いてゆく。


「ねえ、それ何の歌?」

「 " 親愛(しんあい) " っていう歌。古い昔の映画に使われた曲で、母さんが好きでよく歌っててさ」


何度も聴くものだから覚えてしまった、と璃来は笑った。


「雨が降ったとき、私はあなたに傘を差そう、そうやって一緒に、共に生きていこう、ってね」

「もしかして洋画?」

「『 WITH U 』。知ってる?」

「…ううん」

「そっか」


ファーン、と電車が警笛を鳴らして高架下の上を通り過ぎて行く。ジョイント音が聞こえなくなるほど電車が遠ざかってから沈黙を破ったのは春だった。


「ねえ、この旅が全部終わったら、一緒に観ない?」

「…え?」

「さっきの!映画!」

「ああ、…うん、良いよ。もちろん」


実はぼくも映画自体はちゃんと観たことなかったんだ、なんてはにかみながら呟かれた璃来のカミングアウトに春がリアクションを返す。


「なら尚更観よう!ね、約束」


そういって春は小指を突き立て璃来の前にずい、と差し出した。


「うん、分かった。約束」


璃来も小指を差し出し指切りを交わす。指切りげんまん〜、と一緒になって歌い始める。それから、その映画を見た後に雨の降る日に相合傘をして散歩でもしよう、なんて。


「指切った!」


ああ、この愛おしい時間がずっと続けばいいのに。
そう願いながら、ふたりは結んだ指を離した。


「あの橋の下まで勝負だー!」

「うわずるいぞ!」


対向から小学生の男の子たちが璃来と春の通った高架下を目指して駆け抜けてゆく。すれ違いざまに風が吹く。
ランドセルからはみ出たリコーダー、引っ掛けた給食袋は揺れ、無邪気な笑顔で笑って。


「私もう、振り向かないよ」

「うん」


わかってるよ。