深夜の逃避行劇

花火が終わり祭りも終わり、しばらく座ったままだったふたりはのんびりと歩き出した。

ずっと一緒にいたいと願うのは私だけ。
失うことに怯えているのも私だけ。

璃来を大切だと思う感情が、いつの間にか春に対する璃来の感情を超えてしまい、もう自分の手に負えるものではなくなってしまっていた。

その抱える思いの差が更に春を孤独にしてゆく。


『はるちゃん』





___________あれ………?





何かを忘れている。これはいつの記憶だったのだろう。



「璃来ってもしかして… " くんちゃん " …?」


昔、仲の良かった友達がいた。
髪型や服装などが完全に男の子だったけど、雰囲気や声がとてもかわいい女の子。くん付けもちゃん付けも違う気がして、その子を呼ぶときはいつの間にかくんちゃんと呼ぶようになっていた。


「…やっと、思い出してくれた」


ふわりと柔らかな笑顔を浮かべた璃来は、嬉しそうに顔を綻ばせた。

夏休みに春が八江町に来るときだけ、ふたりは一緒に遊んでいた。だけど春の祖母が亡くなってからは春は八江町に行っておらず、そのうち璃来も八江町を離れることになった。それから春はいつしかその記憶を忘れてしまった。
だからあの時春は璃来の誕生日に既視感を覚えたのだ。


「確信はあったんだ。春に出会ったとき、名前を聞いたとき。ぼくは全部、憶えてた。春を忘れたことなんか一度もないよ。春はぼくの一番星(みちしるべ)だったから」


そうして運命がふたりを引き合わせたかのようにあの場所で再会した。

春はあまり多くを語らず胸の内に秘めてしまう性格ゆえ、その本心は計り知れないほど深くなっている。
だから、璃来は自らを打ち明けた。自分も同じところまで堕ちているのだと。
たまに見せる春の怯えるような不安がるような表情の正体は、ほかの誰でもなく春自身、そして璃来(じぶん)に向けられたものだという事を。


「私ね、人に縋る方法も、誰かに寄りかかって生きる方法も知らないの。…ずっとひとりで生きてきたから」

「なら、ぼくを春の生きる理由にして。ぼくのせいで生きて、夢を持って、自分を大切にして。全部、ぼくのせいにしていいよ」


春は孤独だ。だけど、ひとりぼっちじゃない。


「私が璃来のせいで生きるなら、璃来も私のために生きるの」


ふと、思い出したように春は口にした。


「璃来、病気、早く治してね」

「_うん。もちろん」


にっこりと璃来は笑って答えた。らしくない笑顔が、緊張の糸を解けさせた。
しばらくしてぽつぽつと雨が降り始め、ふたりは相合傘をしながら屋台で買ったりんご飴を手に進む道を歩いてゆくのだった。