深夜の逃避行劇

「ねえ、もし、もしもだよ」

「うん?」


逃亡劇も、3分の1が終わりを迎えていた。
誰の差し金かラジオから流れるニュースにも取り上げられるようになってしまい、もう逃げ場はない。

中高生であれば本来ニュースになるほど騒ぎ立てられるものでは無いが、春の母親の必死の詰め寄りに警官が音を上げ、こんな大々的な捜査になっていたことを春は後から知ることになる。


「期限までに鬼に見つかっちゃったらどうするの?」


辺りが夜の気配を帯びてゆく。夕暮れが姿を消し、太陽の反対側では星が瞬き出す。鈴虫の鳴き声が微かに聞こえる。

時折下駄のカランという足音が遠くで聞こえ、人が屋台の方へ向かって行くのがわかった。
先に屋台の出店で腹を満たしたふたりは屋台の明かりも届かず街灯もなく、誰にも知られていない花火がよく見える特等席に来た。川を挟む階段に並んで腰掛けた。

ホテルを出てから今日までの三日間はあまり道を進めず、道を進めば交番や防犯カメラに出会(でくわ)すばかりで余計に神経をすり減らしていた。


「怖い?」


体力は回復したはずなのに思うように進めなかった。
春は、大きななにかに後ろ髪を引かれていた。この感情が何なのか分からず問いかけに何も答えないでいると、璃来は今までなら絶対口にしなかった言葉を零した。


「___…………………………………帰ろっか。」


「イヤ!絶対に帰らない」。考えるより先にはっきりとした言葉でそう春は口にした。
それから、ゆっくりと頭の中を整理するように言葉を選んでぽつぽつと話し始める。


「叶わなくてもいい、報われなくてもいい。出会えただけで、この記憶が思い出私の中に残るだけでいいって。ずっとそう思ってた」


どれだけ綺麗事を並べ立てても努力して理想を手にいれても、この心は晴れることはない。
それに気づいた瞬間、春は璃来を失う事への怖さを知った。


「でもやっぱり、私、欲張りみたい」


ドン、と大きな音が鳴ったのを皮切りに、川の向こうで鮮やかな花火が光り始める。夜凪の海に花火が反射する。
徐ろに手に取ったフィルムカメラのレンズを覗きながら春は続けた。


「ねえ、花火、綺麗?」


何も語らない璃来に春はそのまま自虐的に笑って言葉を続ける。璃来と見る花火なのに、夜空に浮かぶ光はどれもこれも淡い白が霞むだけだった。


「私、あの花火がどんな色か分かんないや」


このふたりだけの世界で、だけど春は孤独だった。