深夜の逃避行劇

『 " 僕らには数え切れない未来が約束されている。ほら、むかし君が言っていただろう、世界はそうやってできてるんだって " 』

『 " だから君が生きているかぎり、僕は絶対に僕を裏切ったりしない。...っ、おはよう、なあ、アリア。もう、朝が来たよ " 』

「『 " 君の大好きな朝だ " 』...」


璃来が映画の中のセリフを演者と同時に口にする。
このセリフは世界中を泣かせた、かの有名なシーンだが、ふたりが涙を流すことはなかった。

一昨日は酷い疲労感のせいかあのまますぐ眠りにつき、春が目覚めたのは次の日の朝10時だった。朝風呂を堪能して新しい服に着替え、着ていた服は全てゴミ箱へ。
それから璃来が頼んでおいてくれた朝食を一緒に食べ、お互いにマッサージをして少しでも筋肉痛を癒しているうちにいつの間にか日は暮れていた。

それから、部屋を物色していた璃来はテレビ台の下に様々な種類のDVDの中から[ WITH U ]のパッケージを見つけた。電気をつけていない真っ暗な部屋で、テレビの青白い光がぼんやりとふたりを照らす。

カーテンの隙間から夜空が見える。可惜夜にふたりだけの世界があった。

いつから、朝が嫌いになったのだろうか。

時間よ止まれ。明日よ来るな。そう願ったところで無慈悲に時計の針は止まることを知らず、太陽は暮れまた日が昇る。この世界は、残酷だ。

ずっとずっと、明けない夜を願っていた。朝なんて来なければ良かったんだ。
目映(まばゆ)い星だけでいい。他には何も必要ない。


「もしさ、朝が来ない場所があったら、行きたい?」

「朝が来ない?」

「極夜。南極には、一日中太陽が出ない日があるんだって。それが、極夜」


馬鹿みたいだなあって、そんな夢物語を考えてはふたりで笑い合う。
そうして、叶いもしない約束を交わす。


「見に行こうよ。一緒に」


結局足の疲れが引くまで2日を要し、ふたりがホテルを出たのは日付が変わってからだった。

ホテルのあった場所が些か治安の悪い地域で、ポイ捨てされたゴミや酔い潰れた人を横切り夜が明けた。
人気(ひとけ)のない明るい水色に染められた綺麗で汚い都会を抜け、ふたりは更に東へ進む。

商業施設のない住宅街をひたすら歩き、いつの間にか日が暮れていた。歩き回ることに慣れたことでペースも少し上がり、今まで歩いた総距離はおよそ60キロになった。
店の外壁には " 6月22日 那谷(なた)市 花火大会 " の張り紙が所々で散見された。