深夜の逃避行劇

『_…、この後天気は午後にかけて更に雨足が強くなる予報です。交通機関への影響も出る可能性があるため、お帰りの際には足元にお気をつけて_…』


ビルの壁の電光掲示板でやっていた朝のニュースでそんなことを言っていたのを春は思い出した。
太陽が真上に向かうにつれて徐々にその姿は分厚い雲に覆われ、空からゴロゴロと雷鳴が鳴り始めた頃。見事に土砂降りとなった、昼下がり。
今夜の月はどうやら見られそうにないみたいだ。


「今日は野宿じゃまずいかもね…」


でも、前みたいにホテルは頼れない。
報道などにより世間で彼女たちの身元かおが割れてしまっている今、ふたりにとって誰も彼もが信用できない状態だった。


「私、アテあるよ」


その、アテというのが、まあ、所謂、愛を育む場所なわけで。


「へえ、」


いろんな感情をごちゃ混ぜにして軽く思考停止した璃来はその建物を前にただそれだけを口にした。


「ねえ、春」

「んー?」

「アテ…ってことはさ、こーいうとこ来たことあるの?」


鍵を渡された部屋に着いておよそ一週間ぶりの入浴を堪能し早々ソファーにダイブした春は、璃来の声掛けに生返事で返した。

璃来の純粋な疑問だった。神妙そうな顔で訊ねる璃来に対して、春はなんともあっけらかんとした態度で返事をする。


「ないよ?」

「…ないよ?」

「うん。一か八か」

「一か八か??」


あまりの様子にオウム状態の璃来を他所に、春は部屋を物色してきゃっきゃと楽しんでいた。

挑発のつもりで璃来は春を煽るように問いかける。


「こんなとこに平気でのこのこ来ちゃってさ、ぼくに警戒心はないの?」

「ふふ、私襲われちゃうの?」

「本気にするよ」

「いいよ?」


応えない璃来に春は追い打ちをかけるように言葉を口にした。


「…璃来なら、いいよ…」


視線がぶつかる。顔が近い。
照明が暗くて、お互いどんな顔をしているかはっきりとはわからなかった。それでも春は、頬が熱くなるのを、肌が火照り熱を帯びて上昇する体温を確かに感じていた。鼓動が聞こえてしまいそうな程に加速する。春は俯いた作用で肩を滑り落ちた髪の毛を耳にかける。ゆっくり瞳を閉じた。

もう会話は必要ない。

ちゅ、と小さめのリップ音がふたりの耳に届く。くらくらと蕩けそうな心地の良い目眩が襲う。

たった一度のキスだけでそれ以上は何もしなかった。
これは過ちなんかじゃない。言いたいことを飲み込んで、僅かに聞こえる雨音に包まれていた。