「ねえ璃来、笑って! はい、チーズ!」
14日、夜明けを迎えた。ここまでで18キロ歩き、ふたりは県境の道をジャンプで跨ぐ。
30メートルの短いトンネルのすぐ入口で、この道は滅多に車も人も通らないのをいいことにふたりはトンネルの壁に背を預けて座り込んだ。
まだ雲の多い天気ではあるが、今日はきっと晴れる。
太陽が東の空から完全に顔を出したころ、ふたりはまだ眠る街を朝の空気とともに歩いてゆく。
ペースは落ちている。だが、着実に進んでいる。
「ねえ、今したいこと発表しあわない?」
「したいこと?」
「そう、私からね。シャワー浴びた~~い!はい、ほら璃来も!」
「うーん…じゃあ、おなかすいたー!」
「ふかふかのベッドで寝たーい!」
「もう何も考えたくなーい!」
「幸せになりたーいー!」
「やっほ~~~!!」
「あはっ、それはやまびこだよ!」
がこんっ。道端で見つけた自動販売機でジュースを買う。冷たい刺激が喉を潤してゆく。
「こんな夢、早く覚めちゃえばいいのにね」
明日に怯えてろくに眠れもしない毎日。朝よ来るなと願っても、無情にも朝はやってくる。
どれだけあなた鬼のいない日々を願ったか。どれだけ過去しあわせに縋って泣いたか。
「私はまだ璃来の隣に居たいから、もう少しだけならこのままでいいかも。」
「__。ごめんね、春」
少しの間を空けて璃来は春に謝った。春はその謝罪を受け取るつもりはなかった。望んでこの選択をしたのだから。
流れる運河の上を渡ると、山道に入ってゆく。ここからは上り坂だ。山道は狭いが信号がないためここを通勤に使う人は多い。
まだ時刻は朝の6時半のため時折通過する車に気をつけながら進む。
この山は市街地の外れにあり比較的多くの家屋に囲まれているため人間が作ったけもの道があり、日が沈むまでここで過ごすことになった。
もう少し行くとようやく郊外を出る。
「不思議だよね」
「…うん?」
春の零した言葉に璃来が反応する。それに応えるわけでもなく独り言のように春は言葉を続けた。
「人はみんな死にゆく途中にいるのに、" 生きていく " って言うの」
幸せになるために生まれてきたのに。
よく人は、すべての出来事には意味がある、という。無駄な経験はひとつもない、という。
実際、これはただの綺麗事だ。物事に真摯に向き合わず、無理矢理理由をつけたがる何物にもなれなかった者たちの醜い悪足掻きに過ぎないのだ。
葉っぱの落ちた土はぬかるんでいて、山が崩れた跡があり崖になっていた。ふたりは手を繋ぎながら散策した。死ぬ時は一緒、なんて笑いながら。
