深夜の逃避行劇

気休め程度に涼しげな風が吹く。もう三日間、シャワーを浴びられていない。

昨日昼過ぎに漸く泣き止んだ空は、一日経っても未だ分厚い雲で覆われている。星ひとつの瞬きすらも見えない曇天だった。
だけど、ふたりの心は晴れていた。もうお互いに離れることは無いんだという不確かな確信だけはあった。

泣き腫らして、言いたいことを全てぶつけてふたりは初めて衝突して。それでも否定しないし、全部受け止めるなんて烏滸がましいことも言わない。ただ、話を聞いて、頷いて。
日が沈むまでずっと話をしていた。

雨が止んだ頃に、此処を出ていく準備を始めた。
降り続いた雨でぬかるんだ足元に気を配りながら、肩を並べてくじら公園に頭を下げる。それから春は抜け殻になった公園を写真に収めた。

じゃあ、行こう。そう言ってふたりは走り出した。公園に囲まれた森をぬけてもなお一度も振り返ることは無かった。

錆びた街灯が濡れたアスファルトを照らす。明かりに虫が集たかり、チカチカと感電している。
遠くに見える高いビルの頭上には、航空障害灯の赤いライトが明滅している。
どこかから蛙の鳴き声が聞こえている。


「春」

「うん」

「昨日言ったことは間違ってたなんて言わないしそう思わない。だけど、これだけは聞いてほしい」

「…うん」

「ぼくは春に出会ってこの半月で、たくさんの幸せを知ったんだ」

薬だって飲んでないけど、平気なくらいになぜかとても気分がよくて元気でいられるの。
きっとこれは春っていう特効薬が常にぼくの傍にいるおかげなのかもしれないんだ。
もし神様がいるなら、もう少しだけぼくを春の隣にいさせて。こんな幸せを知ってしまったぼくは、まだこの子の隣に居たいみたいだから。
それくらいのわがまま、許して。
もう、望まないから。これが最後(・・)だから。


「独りよがりでごめん。春は何も悪くないから」

「それを言うなら璃来だって、なんにも悪くないからね」


人は一度満たされてしまえば、また同じ快楽を求め、同じものでは満足できなくなる。

幸福は、麻薬だ。

4時間が経って、かなりのスローペースではあったが気づけば歩いた距離は10キロを超えた。それでも、時間は待ってはくれない。歩き続けなければいけない。


「私たちは、これからどうなるんだろうね」

「変わらないよ」

そう、何も。何も、変わらない。