深夜の逃避行劇

ぐううう…
璃来の腹の虫が鳴る。ふたりは昨日から何も口にしていなかった。



昨日も、一昨日と同じように人ごみに紛れて飲み食いをしていた。念のため、璃来と春は帽子を被って散策していた。24時間営業の銭湯で汗を流した後、ちょっと、電車に乗って出かけようって。行ってみたいところがあったんだ。

駅に着いて、人でごった返している通勤ラッシュの時間を狙って。ちゃんと人に紛れすぎていたせいか、油断していた。
春が背後から肩を叩かれたのだ。


「ちょっとよろしいですか」


振り返っちゃだめだ。春の本能が警鐘を鳴らす。
春は逸れないようにと繋いでいた璃来の手をぎゅっと握りしめた。そうして、人の合間を全力で駆け出した。

幸い、春の肩を叩いた人物は深くは追いかけてこず、何とかふたりはその場を乗り切った。
実際は警官なんかじゃなく、どこぞの配信者が出会う人に声をかけていただけだったがそんなことふたりは気づくはずもなく。

駅を飛び出し、そのままくじら公園を目指す。
およそ10分間ずっと走り続けたふたりは疲れ果て、公園に着くや否や地面に寝っ転がった。
落胆した。息を切らしながら途切れ途切れに璃来がしゃべる。


「まだ、大丈夫だと、思ったのに、…ごめん、春、」

「私こそ、全然…下ばっかり見てて、気づけなか、った…ごめんね…」


結局、どこへも行けないんだと悟った。
春の視界が滲んでぼやける。


「くや、しい…」


嗚咽交じりの春の泣き声が璃来の耳に残っていた。



あれから一日経って、ふたりはスタート地点であるくじら公園から一歩も動けていなかった。ただ沈む太陽を眺め、月が回るのを見つめて。気づけば日付を超えていた。

璃来の腹の音を聞き、「おなかすいたね」と春が笑う。
これじゃあ、逃げ切る以前に餓死してしまう。


「此処を、離れよう」


璃来は春にそう提案をした。その言葉には春も賛成のようで、うん、と返事をした。
分厚い雲が頭上を覆っている。


「わ、っ」


ぽつ、と一滴の雫が春の頬に降る。次第に勢いを増しサーッと降り出した。
ふたりは体を起こし、木の生い茂る場所へ逃げる。

およそ10日振りの雨だった。


「しばらく止やみそうにないね」


空を見上げ璃来が水滴を払いながらこぼす。木の葉を伝ってぽつ、ぽつ、と少しずつ木の下の安全地帯にも雨粒が落ち始める。木の葉の下で上を見上げた春は、思わず声を上げた。


「璃来!リンゴが生なってるよ!」