当然スタッフの間に居座る根性などない帰宅しようと夢洲サーキットの外にでようとしたときだった。
律子に礼をいき、駐車場に向かおうとした時、声がかけられた。
「更紗!」
息を切らせて蒼真が走ってきた。
「大声で呼ばないの」
しっと唇に指を当てる。
「もう同じマークシープロダクション所属だから問題ない」
「そういう問題でもないと思うけどなー」
くすっと笑う更紗。
「合格おめでとう」
「そう合格。――これで私達、敵同士ね」
無表情になって即興で演じる更紗。
「わかりあえるはずだ」
蒼真も乗ってきた。
顔を見合わせて笑う。
「早くスタッフの人たちのところへ戻りなさい。台本があがったら会える機会も増えるはずよ。楽しみだね」
「おーい!」
続いて健太が息を切らして走ってきた。
「更紗さん、いきなりなんなん! 凄いやないか!」
健太も詳細を聞いていなかったようだ。
「どんな話か詳細は聞いていなかったし? ただのエキストラだと思ったら役名有りとはねー。びっくりだよ……」
「アドリブであれかー。帽子を少し下げて目線を隠し仕草良かったわー」
「あれ最高だったよな」
「褒めない褒めない。あれは横原さんが以前のシリーズでやった回のオマージュみたいなものだから。あの回大好きだったからやってみただけ」
「細かいネタをいきなりあの場で……」
「勝手なことをして怒られないかドキドキだったよー」
本当にビクビクしている更紗に、健太が笑う。
「そやな。でもオーディションって目立ったもん勝ちなところもあるしな。今回はライバルもいなかったし、いても勝てたと思うで」
「そうかなー。そうだと嬉しいな」
「同じ事務所にもなれたし。垓さんには頭が上がらない」
「事務所って? 如月さんところのマークシーに所属したんか! 垓さん、秘策ありって笑ってたん。この事やったんやな」
「垓さんにお礼いわないと」
蒼真の件もあるとはいえ、垓がそこまでしてくれるとは思わず、恐縮しきりの更紗だ。
「じゃあ俺たちは戻るよ。あとでショートメッセを送る。いくぞ健太」
「そうやな。映画成功させんとな」
二人は慌ただしく、スタッフの元へ戻っていった。
その若さが眩しすぎる更紗。自分にできるだろうかとふと、思い返す。
(ここまできたらやるしかないか。蒼真さんのためにも、全力で)
ほんの少しだけ、帰路の歩みが力強くなっていた更紗だった。
帰宅した晩、早速結からメッセージが届いた。
『怪人黒ゴス婦人の座ゲットおめでとー!』
蒼真から聞いたのだろう。さっそく茶化してきた。
『誰が怪人黒ゴス婦人じゃい! 泣くぞ! 知ってたでしょ?』
『さてねー? 頑張りなさい。東京にきたら連絡よろしくね』
『頑張る。わかった! 色々とありがとね結』
如月遙花や蒼真、健太からも次々とメッセージが入る。
蒼真と健太は東京に戻ったようだ。
「新刊、当分書けないなあ」
声はきっと声優でもあてるのだろう。俳優が演じる人間に声優が声をあてるということも特撮番組にはよくあることだ。
採用する側も更紗が一般人だということを知っているとのことなので、心配はしていない。しかし……
「ヒトカラするけど、発声練習って一応したほうがいいのかなー?」
やはり心配の種は尽きない更紗だった。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
大阪の夢洲レース場から東京に戻ったガントレットストライカー紫雷スタッフ一同。
いつもなら大泉学園スタジオ付近での収録だったが、今日は健太や他の共演者とともにテレビ局にいた。
TV局の控え室に向かうため歩いていると通路の先から大谷さくらが歩いてきた。さくらは収録が終わったばかりのようで、控え室に戻るのだろう。
「さくらさん。おはようございます」
蒼真の方から会釈をして通り過ぎる。
「ソウさん。おはようございます」
そして何事もなかったかのようにすれ違おうとした、その瞬間。
「本当、トップアイドルをスルーなんてありえないんですけど?」
何かが大谷さくらの逆鱗に触れたようだが、何が理由かは蒼真にはわからない。
「すみません。そんなつもりは……」
思わず目が泳ぐ。
(あなたに一切の興味はありませんっていったら、プライドが傷つくよな)
しかし、言葉に出さなくても空気で伝わる。
「人気特撮俳優が心斎橋デートだなんて良いご身分ですね! 私ならすぐ特定されてしまうわ」
「誤解ですよ。垓さんとの待ち合わせですし。そんなに都合良く現れるわけないじゃないですか」
実際垓は都合よく現れたわけではない。喰い歩きついでに、彼らを心配して目を光らせていたのだ。
「まだしらを切るのね。いいわ。そろそろアド交換しましょう?」
「どうしてそんな話に? 前にもいったけど、スキャンダルはお互い御法度だろう」
「恋も夢もないアイドルなんて今時人気もでやしないわ。特撮ヒーローなら夢もあるよね! 年も近いんだし、仲良くなろーよー」
蒼真は若干引いていた。直球できた。
(勘弁してくれ。好きでもない女と炎上商法だなんて)
本音はいわないが目にでている。
「炎上商法なんかしなくてもさくらさんはトップアイドルですよ」
「目を逸らさないで。私はあなたに興味があるの。信じてくださいよ」
そういってすがるような目をするさくら。今度は泣き落としだ。
(俺の特撮俳優主演、という肩書きにだろう?)
取り付く島もない蒼真だった。
「これから番組をご一緒する機会もあるかもしれません。仲良くしてください」
当たり障りのない社交辞令で逃げることにする。
そそくさとその場から立ち去った。
(その態度が気に入らないのよ! 少しは私に魅力を感じなさい!)
すべての男の視線を釘付けにしたいとは思わない。
しかしイケメンや金持ちの視線は浴びたい。とくに同世代俳優に全力でスルーされるなど、さくらにとっては耐えがたいことだった。
(見ていなさい。必ず私に振り向かせてみせるわ)
手に入らないものほど欲しい。
さくらはまさに、ただそれだけの、他人のもっているものが輝く宝石に見えるタイプの女だった。
律子に礼をいき、駐車場に向かおうとした時、声がかけられた。
「更紗!」
息を切らせて蒼真が走ってきた。
「大声で呼ばないの」
しっと唇に指を当てる。
「もう同じマークシープロダクション所属だから問題ない」
「そういう問題でもないと思うけどなー」
くすっと笑う更紗。
「合格おめでとう」
「そう合格。――これで私達、敵同士ね」
無表情になって即興で演じる更紗。
「わかりあえるはずだ」
蒼真も乗ってきた。
顔を見合わせて笑う。
「早くスタッフの人たちのところへ戻りなさい。台本があがったら会える機会も増えるはずよ。楽しみだね」
「おーい!」
続いて健太が息を切らして走ってきた。
「更紗さん、いきなりなんなん! 凄いやないか!」
健太も詳細を聞いていなかったようだ。
「どんな話か詳細は聞いていなかったし? ただのエキストラだと思ったら役名有りとはねー。びっくりだよ……」
「アドリブであれかー。帽子を少し下げて目線を隠し仕草良かったわー」
「あれ最高だったよな」
「褒めない褒めない。あれは横原さんが以前のシリーズでやった回のオマージュみたいなものだから。あの回大好きだったからやってみただけ」
「細かいネタをいきなりあの場で……」
「勝手なことをして怒られないかドキドキだったよー」
本当にビクビクしている更紗に、健太が笑う。
「そやな。でもオーディションって目立ったもん勝ちなところもあるしな。今回はライバルもいなかったし、いても勝てたと思うで」
「そうかなー。そうだと嬉しいな」
「同じ事務所にもなれたし。垓さんには頭が上がらない」
「事務所って? 如月さんところのマークシーに所属したんか! 垓さん、秘策ありって笑ってたん。この事やったんやな」
「垓さんにお礼いわないと」
蒼真の件もあるとはいえ、垓がそこまでしてくれるとは思わず、恐縮しきりの更紗だ。
「じゃあ俺たちは戻るよ。あとでショートメッセを送る。いくぞ健太」
「そうやな。映画成功させんとな」
二人は慌ただしく、スタッフの元へ戻っていった。
その若さが眩しすぎる更紗。自分にできるだろうかとふと、思い返す。
(ここまできたらやるしかないか。蒼真さんのためにも、全力で)
ほんの少しだけ、帰路の歩みが力強くなっていた更紗だった。
帰宅した晩、早速結からメッセージが届いた。
『怪人黒ゴス婦人の座ゲットおめでとー!』
蒼真から聞いたのだろう。さっそく茶化してきた。
『誰が怪人黒ゴス婦人じゃい! 泣くぞ! 知ってたでしょ?』
『さてねー? 頑張りなさい。東京にきたら連絡よろしくね』
『頑張る。わかった! 色々とありがとね結』
如月遙花や蒼真、健太からも次々とメッセージが入る。
蒼真と健太は東京に戻ったようだ。
「新刊、当分書けないなあ」
声はきっと声優でもあてるのだろう。俳優が演じる人間に声優が声をあてるということも特撮番組にはよくあることだ。
採用する側も更紗が一般人だということを知っているとのことなので、心配はしていない。しかし……
「ヒトカラするけど、発声練習って一応したほうがいいのかなー?」
やはり心配の種は尽きない更紗だった。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
大阪の夢洲レース場から東京に戻ったガントレットストライカー紫雷スタッフ一同。
いつもなら大泉学園スタジオ付近での収録だったが、今日は健太や他の共演者とともにテレビ局にいた。
TV局の控え室に向かうため歩いていると通路の先から大谷さくらが歩いてきた。さくらは収録が終わったばかりのようで、控え室に戻るのだろう。
「さくらさん。おはようございます」
蒼真の方から会釈をして通り過ぎる。
「ソウさん。おはようございます」
そして何事もなかったかのようにすれ違おうとした、その瞬間。
「本当、トップアイドルをスルーなんてありえないんですけど?」
何かが大谷さくらの逆鱗に触れたようだが、何が理由かは蒼真にはわからない。
「すみません。そんなつもりは……」
思わず目が泳ぐ。
(あなたに一切の興味はありませんっていったら、プライドが傷つくよな)
しかし、言葉に出さなくても空気で伝わる。
「人気特撮俳優が心斎橋デートだなんて良いご身分ですね! 私ならすぐ特定されてしまうわ」
「誤解ですよ。垓さんとの待ち合わせですし。そんなに都合良く現れるわけないじゃないですか」
実際垓は都合よく現れたわけではない。喰い歩きついでに、彼らを心配して目を光らせていたのだ。
「まだしらを切るのね。いいわ。そろそろアド交換しましょう?」
「どうしてそんな話に? 前にもいったけど、スキャンダルはお互い御法度だろう」
「恋も夢もないアイドルなんて今時人気もでやしないわ。特撮ヒーローなら夢もあるよね! 年も近いんだし、仲良くなろーよー」
蒼真は若干引いていた。直球できた。
(勘弁してくれ。好きでもない女と炎上商法だなんて)
本音はいわないが目にでている。
「炎上商法なんかしなくてもさくらさんはトップアイドルですよ」
「目を逸らさないで。私はあなたに興味があるの。信じてくださいよ」
そういってすがるような目をするさくら。今度は泣き落としだ。
(俺の特撮俳優主演、という肩書きにだろう?)
取り付く島もない蒼真だった。
「これから番組をご一緒する機会もあるかもしれません。仲良くしてください」
当たり障りのない社交辞令で逃げることにする。
そそくさとその場から立ち去った。
(その態度が気に入らないのよ! 少しは私に魅力を感じなさい!)
すべての男の視線を釘付けにしたいとは思わない。
しかしイケメンや金持ちの視線は浴びたい。とくに同世代俳優に全力でスルーされるなど、さくらにとっては耐えがたいことだった。
(見ていなさい。必ず私に振り向かせてみせるわ)
手に入らないものほど欲しい。
さくらはまさに、ただそれだけの、他人のもっているものが輝く宝石に見えるタイプの女だった。