「ボクはまずはガントレットストライカーを完走することに専念しますよ」
更紗の言葉を思い出すと、蒼真も余裕がでてきたのだ。さくらはこの時点で視界から消えたようなもの。
「そうね。レギュラーは大事。また呼んでくれないかなー」
「ガントレットストライカーシリーズはこう見えて予算がきついですから。国民的アイドルを二回も呼ぶ余力はないでしょうね」
蒼真は遠回しにもうガントレットストライカー紫雷では会いたくないと言っているのだが、サクラには伝わらない。
「国民的アイドルなんて滅相もない! でも本当に? こんな人気シリーズなのに?」
まんざらでもないような笑顔を浮かべて応じるさくら。
「有名ですよ。残念です。何かのバラエティで共演できればいいですね。ボクたちにそこまで人気が出れば、ですけどね」
健太もすかさず加勢する。
「二人ともイケメンだし人気あるから大丈夫ー。一緒に公共放送のレギュラーとろうね!」
「立ちはだかる壁ですね」
「俺たちには高い壁だなー」
勘違いしたままのサクラだったが、蒼真も健太もあえて訂正も否定もしない。
二人にとっては公共放送ドラマのレギュラーを取るなど、気が早すぎる。
「私達の世代でがんばろっか。じゃあさ。二人とも番号交換を――」
ちょうどその時、さくらのマネージャーがやってきた。
「大切な時に勝手なことをしないでくださいよ。ほらスケジュールが詰まっているんですから。行きますよ」
「なんですかー。邪魔しないでくださいー」
「ほら。お二人に迷惑をかけない!」
「むしろ光栄なんじゃないかなーって」
「そんなんだから写真を撮られるんです! ほら行きますよー」
「待ってー。引っ張らないで-」
「失礼しました。二人とも。今の戯れ言は忘れてください」
スーツ姿の女性マネージャは二人に謝罪する。明らかにさくらが押しつける格好だった。
「いえいえ。国民的アイドルの連絡先など恐れ多くて助かります」
蒼真が苦笑して応じる。健太も激しくうなずいた。
「同じくです」
「その距離感いやー」
「ほら。行きますよ!」
漫画のようにひきずられてさくらが連れていかれた。
「騒がしい女やなー」
周囲に誰もいないことを確認して、ぼそっと健太が呟いた。
「そうだな」
「俺、お前がキレるか心配やったんやけどな。意外と冷静で助かったわ」
「思い出したんだよ。ガントレットストライカーは子供たちのためにある、ってさらさおねーちゃんが教えてくれた時のことをさ」
「思い出し笑いやったんかい! 更紗さんやるなー。好きやわー」
「更紗はやらないぞ」
「いけずなこというなー」
「ゴスロリ着て貰いたいなーって改めて思ったよ」
「見たいー。俺も見たいー」
「ダメだ」
子供のようにだだをこねる健太に、すげなく却下する蒼真だった。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
『直接電話したいんだけどいいかな』
金曜日、蒼真からショートメッセが届いた。
『いいよ!』
即答したところ、蒼真からすぐにスマホに電話がかかってきた。
「ちょっと前さ。ロケにゲストに大谷さくらが来てね」
「国民的アイドルじゃん! そんな話を私にしていいの?」
撮影の話など、守秘義務になるだろう。大物ゲストだ。
「別にさらさおねーちゃん、言いふらしたりはしないだろ? 暴露するなら俺との関係を暴露したほうが大騒ぎになるし」
「俺との関係言うなし! 何もないでしょ私達!」
(カラオケ一回しただけだし!)
まだ何もないのである。少し残念に思う更紗と、大変残念に思う蒼真である。
「……悔しいけどまだ何もないんだよなー」
「悔しがらないの!」
そこは大人の矜持と、親友の息子への配慮だ。
更紗はわずかに残る克己心を振り絞っている。
「他の番組であったときも、何故か俺とアドレス交換したがるんだ。特撮馬鹿の俺と会話なんかないと思うんだけどな」
「さくらさんも蒼真君と仲良くなりたいんだよ」
(ロックオンされているなー)
「それでね。国民的アイドルよりもさらさおねーちゃんのほうが美人で可愛いって改めて実感したんだ」
「突然なにを言い出すの。アリマ君は……」
顔が赤くなる。嬉しいが、相手が悪すぎる。過大評価にも程がある。
「本気で言っているんだけど?」
「本気で比較対象が恐れ多いんですけどー?!」
「みんなのアイドルだし向こうは。その点、俺は子供たちのヒーローだからな!」
「ガントレットストライカーはそうでなければね!」
更紗が蒼真に話した言葉だ。まだ覚えていてくれたようで嬉しく思う。
喜んで声が弾んでいる更紗に対して、蒼真も嬉しくなるのだ。
「というわけでさ。来月も大阪の夢洲のサーキットで大規模なロケがあってさ。あくまで今回は下見や打ち合わせなんだけど」
「うん」
大規模なロケというのは映画だろうか。夢洲サーキットなら大阪万博跡地だろう。
下見までするとは念入りだ。
「次こそはさらさおねーちゃんにゴスロリを着て貰いたいなと」
「話が飛躍しすぎているんですけど?!」
「国民的アイドルを間近で見たら、さらさおねーちゃんのゴスロリのほうが幻想的で素敵だなって実感したんだ」
「それはただの思い出補正よ。正気に戻ってアリマ君!」
更紗も必死だ。もうバンギャをあがって数年。当時の服には袖も通していない。
ゴスロリは着るのも脱ぐのも面倒なのだ。冬に合うジャケットもなかなか見つからない。
「それにさ。どこに着ていけというの……」
昔のイベントならアリだが、若い子に交じって三十路の女がゴスロリなど痛い。
まだコスして売り子に徹したほうがいい。
「母さんが言ってたよ? ゴスロリはライブ、イベント。ショップに行く時に着るものだって。心斎橋のショップならありだよな」
「結ー! 息子に何を教えてるのー?!」
もはや悲鳴に近い更紗に、蒼真は楽しそうに笑う。
「心斎橋あたりならいいじゃん」
「心斎橋のそういう服のお店はもうかなり少ないんだよ?」
「じゃあ少なくなったお店にいったあと、二人で見て回ろう。今度は健太もいないし」
グイグイくる蒼真。
「君たち二人がいたらそれこそ大騒ぎになるよ……」
「なおさら着ていく場所が限られるということだね? 俺なら大丈夫。地味めにしてたらまずバレないって」
「いやー? どうかなー? おねーさんは人気特撮俳優が心斎橋だなんて大変危険だと思うよー?」
「木曜から日曜までガントレットストライカースタッフと大阪にいるんだけど、時間が多少は融通がつくからさ。土曜日か日曜日は……」
「そんな人の多い曜日はダメ。絶対」
周囲に気付かれるに決まっている。
「えー。そんなー」
「おとなしく健太君と遊んでなさい。ね?」
「俺は諦めないぞ!」
健太君。なんとかしなさい。あんたのホームでしょ。
内心健太にすがる思いの更紗。
(私は一般人だし、どうせ恋愛とか無縁だからいいけどさ。この子、夢を掴んだばかりなんだよ? あ……)
自分の思考に気付いた更紗。
(惜しではなく、昔面倒を見た子として向き合ってるな私。いいのかな。どうしたらいいか教えてよ結ー!)
もちろん惜しとしても男の子としても魅力だ。しかし何せ身分が違う。方や今をときめく特撮俳優。自分はただの冴えないOL、壁打ち喪女である。成立するはずがない。
それでも会いたい。そんな欲が出てしまった。
更紗の言葉を思い出すと、蒼真も余裕がでてきたのだ。さくらはこの時点で視界から消えたようなもの。
「そうね。レギュラーは大事。また呼んでくれないかなー」
「ガントレットストライカーシリーズはこう見えて予算がきついですから。国民的アイドルを二回も呼ぶ余力はないでしょうね」
蒼真は遠回しにもうガントレットストライカー紫雷では会いたくないと言っているのだが、サクラには伝わらない。
「国民的アイドルなんて滅相もない! でも本当に? こんな人気シリーズなのに?」
まんざらでもないような笑顔を浮かべて応じるさくら。
「有名ですよ。残念です。何かのバラエティで共演できればいいですね。ボクたちにそこまで人気が出れば、ですけどね」
健太もすかさず加勢する。
「二人ともイケメンだし人気あるから大丈夫ー。一緒に公共放送のレギュラーとろうね!」
「立ちはだかる壁ですね」
「俺たちには高い壁だなー」
勘違いしたままのサクラだったが、蒼真も健太もあえて訂正も否定もしない。
二人にとっては公共放送ドラマのレギュラーを取るなど、気が早すぎる。
「私達の世代でがんばろっか。じゃあさ。二人とも番号交換を――」
ちょうどその時、さくらのマネージャーがやってきた。
「大切な時に勝手なことをしないでくださいよ。ほらスケジュールが詰まっているんですから。行きますよ」
「なんですかー。邪魔しないでくださいー」
「ほら。お二人に迷惑をかけない!」
「むしろ光栄なんじゃないかなーって」
「そんなんだから写真を撮られるんです! ほら行きますよー」
「待ってー。引っ張らないで-」
「失礼しました。二人とも。今の戯れ言は忘れてください」
スーツ姿の女性マネージャは二人に謝罪する。明らかにさくらが押しつける格好だった。
「いえいえ。国民的アイドルの連絡先など恐れ多くて助かります」
蒼真が苦笑して応じる。健太も激しくうなずいた。
「同じくです」
「その距離感いやー」
「ほら。行きますよ!」
漫画のようにひきずられてさくらが連れていかれた。
「騒がしい女やなー」
周囲に誰もいないことを確認して、ぼそっと健太が呟いた。
「そうだな」
「俺、お前がキレるか心配やったんやけどな。意外と冷静で助かったわ」
「思い出したんだよ。ガントレットストライカーは子供たちのためにある、ってさらさおねーちゃんが教えてくれた時のことをさ」
「思い出し笑いやったんかい! 更紗さんやるなー。好きやわー」
「更紗はやらないぞ」
「いけずなこというなー」
「ゴスロリ着て貰いたいなーって改めて思ったよ」
「見たいー。俺も見たいー」
「ダメだ」
子供のようにだだをこねる健太に、すげなく却下する蒼真だった。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
『直接電話したいんだけどいいかな』
金曜日、蒼真からショートメッセが届いた。
『いいよ!』
即答したところ、蒼真からすぐにスマホに電話がかかってきた。
「ちょっと前さ。ロケにゲストに大谷さくらが来てね」
「国民的アイドルじゃん! そんな話を私にしていいの?」
撮影の話など、守秘義務になるだろう。大物ゲストだ。
「別にさらさおねーちゃん、言いふらしたりはしないだろ? 暴露するなら俺との関係を暴露したほうが大騒ぎになるし」
「俺との関係言うなし! 何もないでしょ私達!」
(カラオケ一回しただけだし!)
まだ何もないのである。少し残念に思う更紗と、大変残念に思う蒼真である。
「……悔しいけどまだ何もないんだよなー」
「悔しがらないの!」
そこは大人の矜持と、親友の息子への配慮だ。
更紗はわずかに残る克己心を振り絞っている。
「他の番組であったときも、何故か俺とアドレス交換したがるんだ。特撮馬鹿の俺と会話なんかないと思うんだけどな」
「さくらさんも蒼真君と仲良くなりたいんだよ」
(ロックオンされているなー)
「それでね。国民的アイドルよりもさらさおねーちゃんのほうが美人で可愛いって改めて実感したんだ」
「突然なにを言い出すの。アリマ君は……」
顔が赤くなる。嬉しいが、相手が悪すぎる。過大評価にも程がある。
「本気で言っているんだけど?」
「本気で比較対象が恐れ多いんですけどー?!」
「みんなのアイドルだし向こうは。その点、俺は子供たちのヒーローだからな!」
「ガントレットストライカーはそうでなければね!」
更紗が蒼真に話した言葉だ。まだ覚えていてくれたようで嬉しく思う。
喜んで声が弾んでいる更紗に対して、蒼真も嬉しくなるのだ。
「というわけでさ。来月も大阪の夢洲のサーキットで大規模なロケがあってさ。あくまで今回は下見や打ち合わせなんだけど」
「うん」
大規模なロケというのは映画だろうか。夢洲サーキットなら大阪万博跡地だろう。
下見までするとは念入りだ。
「次こそはさらさおねーちゃんにゴスロリを着て貰いたいなと」
「話が飛躍しすぎているんですけど?!」
「国民的アイドルを間近で見たら、さらさおねーちゃんのゴスロリのほうが幻想的で素敵だなって実感したんだ」
「それはただの思い出補正よ。正気に戻ってアリマ君!」
更紗も必死だ。もうバンギャをあがって数年。当時の服には袖も通していない。
ゴスロリは着るのも脱ぐのも面倒なのだ。冬に合うジャケットもなかなか見つからない。
「それにさ。どこに着ていけというの……」
昔のイベントならアリだが、若い子に交じって三十路の女がゴスロリなど痛い。
まだコスして売り子に徹したほうがいい。
「母さんが言ってたよ? ゴスロリはライブ、イベント。ショップに行く時に着るものだって。心斎橋のショップならありだよな」
「結ー! 息子に何を教えてるのー?!」
もはや悲鳴に近い更紗に、蒼真は楽しそうに笑う。
「心斎橋あたりならいいじゃん」
「心斎橋のそういう服のお店はもうかなり少ないんだよ?」
「じゃあ少なくなったお店にいったあと、二人で見て回ろう。今度は健太もいないし」
グイグイくる蒼真。
「君たち二人がいたらそれこそ大騒ぎになるよ……」
「なおさら着ていく場所が限られるということだね? 俺なら大丈夫。地味めにしてたらまずバレないって」
「いやー? どうかなー? おねーさんは人気特撮俳優が心斎橋だなんて大変危険だと思うよー?」
「木曜から日曜までガントレットストライカースタッフと大阪にいるんだけど、時間が多少は融通がつくからさ。土曜日か日曜日は……」
「そんな人の多い曜日はダメ。絶対」
周囲に気付かれるに決まっている。
「えー。そんなー」
「おとなしく健太君と遊んでなさい。ね?」
「俺は諦めないぞ!」
健太君。なんとかしなさい。あんたのホームでしょ。
内心健太にすがる思いの更紗。
(私は一般人だし、どうせ恋愛とか無縁だからいいけどさ。この子、夢を掴んだばかりなんだよ? あ……)
自分の思考に気付いた更紗。
(惜しではなく、昔面倒を見た子として向き合ってるな私。いいのかな。どうしたらいいか教えてよ結ー!)
もちろん惜しとしても男の子としても魅力だ。しかし何せ身分が違う。方や今をときめく特撮俳優。自分はただの冴えないOL、壁打ち喪女である。成立するはずがない。
それでも会いたい。そんな欲が出てしまった。