ひらりと目の前に降ってきた花びらに、遠い思い出から意識が戻る。
櫻井くん、成人式来なかったもんな。
大学が遠いから都合悪くて、というのを友達づてで聞いた。
会えると思ったのに。
高校卒業から日が経つにつれて、櫻井くんへの気持ちは薄らいでいって、『あぁ、こうして過去の思い出に変わっていくんだな』って思ってた。
でもこの季節になると、桜を見ると、自然と櫻井くんのことを考えてしまう。
もうすぐ大学三年になる今でさえも。
まだ終わってないのかな、この恋。
私ははぁ、とため息をついた。
「…一人ぼっちの桜、今年も咲いてるかな」
気になって、あの場所へと足を進める。
「…え」
桜並木を眺めながら歩いていた時、見覚えのある人影に私は足を止めた。
ドクドク、と心拍数が上がっていくのを感じる。
あの木の前に立って、桜を見上げてる一人の男の人。
その横顔は、どう見ても櫻井くんだった。
どうしよう……本物、だよね?
今の今まで考えていた人が目の前に現れたことに動揺を隠せない。
一人テンパっていたら、人の気配を感じたのか不意に櫻井くんがこっちを向いた。
「え…高倉?」
私を認識した瞳が大きく見開かれる。
「ひ、久しぶり…」
心の準備ができていないまま、ぎこちなく笑いながら櫻井くんのそばまで寄っていった。
「やっぱり高倉だ。びっくりした」
「う、うん」
櫻井くん、少し大人っぽくなった。
あの頃少し遊ばせていた毛先は変わらないままなのに、どことなく漂う大人な雰囲気にドキッとする。
「あ…まさか今盗撮した?」
「えっ」
「いや、やっぱ何でもない、」
「…し、してないよ。櫻井くんじゃないもん」
私がそう返すと、櫻井くんは一瞬目を丸くさせた後、ふはって笑った。
「だよな、普通しねぇよなぁ」
覚えてたか、とどこか嬉しそうな口調で呟く。
覚えてるよ。忘れるわけない。
櫻井くんとの思い出は、今でもずっと心の中に残ってる。
「元気だった?」
「うん。櫻井くんは?」
「俺も元気。てかほんと…久しぶりすぎて」
「卒業以来会ってないもんね」
「成人式はまじで行きたかった」
「うん。来ると思ってた」
「…来てほしかった?」
「え」
気持ちを探るような声に、とくんと胸が鳴る。
でも私が答える前に、櫻井くんは私から目を逸らした。
「なんか懐かしいなぁ。高校ん時に戻ったみたい」
川の方に近づいて、柵に手をかける櫻井くん。
「…そうだね」
「もうすぐ大学三年だもんな。早いよなぁ」
「うん。…櫻井くん、実家に戻ってきてるの?」
「あーうん。春休みだからさ」
「そっか」
「長期休みは割と戻ってきてんだけど、高倉と会ったの初めてだよな」
「そうだね」
こんな風に偶然会えたのは、運命だったりして。
まだ私と櫻井くんは終わってなかったのかな……って、私はまだ何を期待してるんだろう。
終わるも何も、あの時始まってもなかったのに。
それこそ今は、櫻井くんにちゃんと彼女がいるかもしれないのに。
一歩踏み出す勇気はないくせに、気持ちだけいつまでもずるずる引きずってるなんて、情けないな。
「あのさ、高倉」
「うん」
「今度一緒に飯でも行かない?」
え。
突然、私の耳にまっすぐ入ってきたお誘いの言葉。
「せっかく久々に会えたんだしさ。時間が合えばでいいんだけど」
どうかな、って伺うような瞳を私に向ける。
「……」
「あ、あの、彼氏いて無理とかなら全然いいから」
なかなか答えない私に焦った様子で口を動かす。
「…ううん、行く」
「ほんと?」
「うん」
ほっとした表情で笑う櫻井くん。
「…彼氏、いないし。全然大丈夫」
「そっか。うん、よかった」
心臓がドクドクうるさいくらいに響いてる。
夢じゃないよね?
櫻井くんから、ご飯のお誘いだなんて。
「あ、俺そろそろ行かないと」
櫻井くんが腕時計を確認してそう言う。
「用事?」
「うん。今日、偶然だけど高倉に会えて嬉しかった」
「わ、私も」
「それじゃあ…ご飯のことはまた連絡するね」
「あ、うん。分かった」
「じゃあ、また」
「うん」
ふっと微笑んだ櫻井くんが小走りで去っていく。
その小さくなっていく背中を見えなくなるまで見つめた。
卒業式の時にはなかった、確かな約束。
こんな奇跡みたいな再会あるんだろうか。
もしかして。
「あなたが私たちを会わせてくれたのかな」
一人ぼっちの桜に問いかける。
するとまるで答えるかのように、ふわっと優しい風が吹き抜けて、桜の花びらが空に舞った。
「…ありがとう」
二年ぶりの再会。
この先どんな展開が待っているかなんて、今の私にはまだ分からないけど。
何かが始まりそうな春の匂いがした。