顔に張り付いた髪をかき上げた瀬七さんは、怒りを滲ませた表情で私にやり返してくる。
瀬七さんの攻撃から逃れようと走り出したそのとき、高い波が押し寄せて太ももに思い切り水がかぶった。
「ひかり、ばちがあたったな」
後ろから憎まれ口が聞こえ、振り返った私は彼に向けて水をかける。
「瀬七さんのせいで濡れちゃいました! もう」
「よかったじゃないか。それも思い出だ」
ふたりで中身のない言い合いをしながら水をかけあう時間は、本当にくだらない。
瀬七さんが爆笑し出したので、私もつられてお腹を抱えて笑う。
こんなふうに頭をからっぽにして笑う時間は、いつぶりだろうか。
本当にシンガポールにきてよかったな、と心から思う。
結局、体がびしょ濡れになるほど遊んでしまった私たちは、テーマパークに行く計画を中断し、近くの雑貨屋で洋服を調達した。
「なんで瀬七さんとペアルック着てるんだろう、私」
「それはこっちのセリフだ」
花柄がプリントされたシャツを着ている瀬七さんを横目で見ながら、手に持っていたシャーベットをぱくっと口に入れる。
売っていたシャツのデザインが一種類で、色違いとサイズ違いしかなかったのは予想外だった。
駅に向かって歩きながら、もう一口食べようとしたそのとき。
横から伸びてきた手に、スプーンを持っていた腕ごととられる。
「わっ……!」
「喉乾いた。くれ」


