つられて顔を上げると「うぉおお」という絶叫とともに、男性が海に向かってまっさかさまに落ちていった。
五十メートルはありそうなジャンプ台からだ。これはまさか。
「ちょ、ちょちょちょっと待ってください」
バンジージャンプの乗り場に向かおうとする彼の腕を掴み、潤んだ目で必死に訴える。
「え、え、え、私にバンジーをしろと? 絶対に無理ですよ!?」
「大丈夫。怖いのは一瞬だ。シンガポールで忘れられない思い出ができるぞ」
「そういう問題じゃないんです」
瀬七さんは恐怖で怯える私を見てもなお、爽やかな笑顔を崩さない。
出た出た、サイコパス。やっぱり医者は変わり者が多い、と心で悪態をつく。
高所恐怖症ではないけれど、さすがに怖すぎる。こんなの、一回死に行くようなものだ。
「申し訳ないが、すでにふたり分予約してるからキャンセルはできない。行くぞ」
「ええーー……っ」
頑なにその場から動かないでいたけれど、最後は強引に腕を引かれ、半ば無理やりジャンプ台に連れていかれる。
正直、飛行機で急病患者を助けたときよりも心臓が暴れている。
「いい眺めだな」
「うそでしょ、本当に……?」


