「そ、それは……」
なんでこの人はすべてお見通しなんだろう。
緻密な手術を日々行っている医師だから観察眼が長けているということなのだろうか?
「無理には聞いていない。話したくないなら別にいい」
また痛いところを突かれた。
本当の話を隠そうとする自分に気づいて、悔しくなる。
浮気されたかわいそうな私を認められずに、幸せだった思い出にしがみついている。
私はこの旅行で一皮むけて強くなるって決めたのだ。堂々とすればいい。
「……いえ、隠しているわけではないので。元々婚約者と婚前旅行にシンガポールを観光する予定でした」
平静を装って、ざっくりと自分の身に起きた最悪な話を瀬七さんに伝える。
てっきりさっきみたいにからかわれると思っていたのに、彼は真剣な表情で私の話に耳を傾けてくれた。
「すみません、こんな話。だからせっかくいいホテルも取ってるし、パーッと豪華に遊んで、暗い気持ちを吹き飛ばしたいなと思っておりまして……」
「なるほどな。じゃあ俺が君をアテンドしてやろうか?」
「え?」
さらりと提案され、思わず目を瞬く。
どういう意味なのか分からないでいると、ちょうどこのタイミングで小籠包が運ばれてきた。
瀬七さんは爽やかな笑みでウエイターから小籠包を受け取ると、すぐにパカッと蓋を開けて満足げに頷く。
「シンガポールのことは一通り知ってる。ひとりよりも、現地に住んでいる人間と回った方が楽しいぞ」
アテンドってそういう意味だったの!?
「いやいやっ。さすがにいきなりすぎます。瀬七さんもお忙しいですし」
「忙しくない。数日休暇が残ってる」
「えええ……」
瀬七さんが 悪い人ではないとわかってはいるけれど、さすがにすぐに『はい』とはいかない。
それに、結局体目当てだったら……絶対に嫌だ。
そんなことを悶々と考えていたら「おい」と正面から低い声が聞こえてきた。
「俺をそのへんの男と一緒にするな。手は出さないから安心しろ」


