「君、本落ちたよ」
搭乗待合室と飛行機内をつなぐ通路を渡っている最中、背後から声を掛けられ後ろを振り返る。
シャツにジャケットを羽織った、軽いフォーマル姿の若かりし瀬七さんが、私が落とした観光ブックを手に立っていた。
「すみません、ありがとうございます」
読み込んで少し汚れた本を、緊張しながら受け取る。
ここまでの美しい人を見たことがなかったので、あまり冷静ではなかったのだと思う。
腰を折った拍子に、口が開いたままだったリョックから荷物が全部その場に落としてしまった。
「わぁっ……最悪っ……」
「はは、ドジだなぁ。ほら、手伝ってやるよ」
瀬七さんはそう憎まれ口を叩きながらも、いっしょに床に散らばっている荷物をまとめてくれる。
「急いだほうがいいぞ。次の乗客が一気に来てしまうから」
「は、はい……!」
瀬七さんに急かされて、大急ぎで歩き出す。
この日、私は珍しくラッキーだった。
もともとエコノミークラスの席をとっていたのだけれど、グランドスタッフさんの計らいでビジネスクラスにアップグレードしてもらっており、優先的に搭乗できたのだ。
無事に自分の席に着くと、先程のハプニングを救ってくれた瀬七さんは通路を挟み、私の斜め後ろの席に座っていた。
席はいくつもあるのに、お兄さんがまた近くにいる。
さっきの一件といい、席が近かったりと少しだけ彼とは縁があるな、くらいに思った。
でもただそう思っただけで、私は“本当は一緒に旅行に行くはずだった彼”のことを考えていた。


