なんとなく帰りたくなくて、防波堤で海を見ていた。

だんだん暗くなってきたけど、むっとする暑さに動く気すらしない。



「ほれ、そこの中学生、ぼちぼち家へ帰らんかい」

「親が迎えに来るとこですぅ」

「本当かいな、ぐるっと見回りしたらまた来るでな。そんときまだここにおったら、交番に連れてくでなぁ」

「はあい……」



お巡りさんが自転車で向こうへ走っていった。

しょうがない、行くか。

防波堤を降りて帰り道をとぼとぼ歩いていると、少し先に海を眺めている人影が見えた。

近くまで来たら、こんなど田舎では見たことないようなカッコイイ男の人だった。

絶対ここら辺の人じゃない。

いや、都会から帰ってきた人かも。

自分でも不躾だと思ったけど、じろじろ見ながら避けて通った。


「風はまだかのう」


急にしゃべり出したので、びっくりして足を止めてしまった。

その人がこっちを振り向く。

薄暗い中でも目がきらきらしていて、めちゃくちゃ存在感があった。

うわ、芸能人か。



「風はまだ吹かんか?」

「は……? そ、そうですね……」



確かに今はべた凪で、むわっとした空気が淀んでいる。

強い夜風でも吹いてくれれば、体感温度が下がるはずだけど。

そのとき、急にぶわっと風が吹いた。

まとわりついていた熱のすべてを取り去るように、風が夜を運んできた。

ぐっしゃぐしゃになった髪を撫でつけて顔を上げた。

あれ、あの人は?

さっきまでそこにいた男の人がいなくなっていた。

まさか、海に落ちた?

いやまさか、そんな音しなかった。


でも、もう暗い海には誰かが落ちていてもわからない。

え、えっ、うそでしょ?



「これえ、やっぱり嘘ついたなあ、交番に来んかぁい」

「あっ、お、お巡りさん! 誰か今海に落ちたかも……」

「なっ、なんだとう!?」



その夜、捜索隊が出て、消えた男の人を探した。

けれど、何も見つからなかった。

ドラッグでもやっていたのかと心配され、私は厳しく叱られた。

でも、こんなど田舎でそんなもの買えるわけないし、私の頭が正常だということは自分が一番知っている。

だけど、あのときあの人はあそこにいた。

私はあの人としゃべった。

あの人は多分、夜風だったんじゃないかと、私は密かに思っている。