フランが退室して、しばらく呆然としていたカイトが
「リシェルを呼んでくれ。」
とようやく言葉を発した。
「リシェルなら、旧ゲイツ領にウキウキで出張中ですよ。お忘れですか。殿下がリシェルを管理者にしてからというもの、あちらに行きっぱなしです。家には月に一週間いるかいないかだと、両親が嘆いておりました。あの感じでは、婚約は認めても結婚はまだまださせないでしょうね。」
ジェシーは、リシェルを溺愛している家族が、リシェルの婚約をどんなに残念がっているかを、切々と語りだす。普通は喜ぶものだろう、とカイトは思うのだが、そんな事を言うとリシェルの素晴らしさを長々と語られるのは目に見えているので、絶対に言わない。
「私もリシェルを手放す気はないよ。あの場所を管理させているけど、私の仕事も手伝って欲しいからね。リシェルがいないと仕事が溜まる。あちらが落ち着いたら、すぐに呼び戻すよ。」
目の前の書類の山を見ながら、カイトはまたため息をついた。
「リシェルが戻ったら、フラン・アルベリアについて調べて欲しいんだ。」
「??騎士団に問い合わせればいいのでは?」
ジェシーが言うと、カイトは
「騎士ではないフランについて知りたいのだよ。リシェルは同年代だろう?知り合いぐらいいるはずだ。茶会に紛れ込んで、探って欲しい。」
と無茶を言う。
「またリシェルに女装させるのですか?彼女はリサを知っていますよ。着替えを手伝ったのは侍女に扮装したフランですからね。」
ジェシーが茶会に紛れるのは無理だと言うと、カイトはガックリと肩を落とした。
「そうだった。……アントンの他に、リサに近付いて護衛できるからと、配置したんだったね。」
 あまりにも落ち込みが激しい王太子を見かねて、ジェシーが提案する。
「テイラー領を訪ねた時に、アントンの妹もフランと一緒に居たはずですよ。セイラ嬢に話を聞きますか?」
「ジェシーの彼女だろう?お前が会いたいだけなのでは?」
カイトは半目になってジェシーを見る。
「それはそれ。これはこれ。フランについて知りたいのでしょう?」
 カイトは耳を赤くしながら、口を尖らせてぷいっとそっぽを向いた。リシェルがやれば可愛いが、25歳の男がやることではない。ジェシーは苦笑して
「あとでニオル家に遣いをやらせますよ。」
と告げた。

 このぶんだと、王太子妃選びもそろそろ終わりが見えそうだな、とジェシーは思う。明日にはリシェルも王都に帰って来るだろう。自分も公爵邸に行って、弟を散々甘やかしてやろうと考える。新しいドレスを着せるのも楽しいかもしれない。