王宮の王太子執務室で、王太子カイトは不貞腐れて机の前に座っていた。
「結局、王太子妃選びは一からやり直しか。」
候補者が一人いなくなって、状況は以前と全く変わらない。
「リシェルが女性だったら……。」
「殿下、それはいくら嘆いても現実にはなりません。」
護衛しているジェシーに宥められ、カイトは盛大にため息をついた。
「ジェシーはいいよな。夜会の時に協力してくれた令嬢がいるからね。」
王太子の威厳も何もなく、ジェシーしかいない気楽さで、カイトの口調はかなりくだけている。
「そうですね。美人だし、いい子ですよ。」
ジェシーも遠慮なく、ばっさりと答える。

 執務室の扉からノックの音が聞こえた。ジェシーが応対すると、テイラー領までルーナを護衛していた女性騎士が書類を持って立っている。
「第二騎士団のフラン・アルベリアです。団長より建国祭の警備案を預かってまいりました。」
 ジェシーはフランを入室させて、自分でカイトに渡すように促した。フランは金色の長髪を三つ編みにしていて、今日は普段と違って眼鏡をかけていた。
「ありがとう。団長によろしく伝えてくれ。……君は……辺境伯の令嬢だったか?」
カイトはふと、目の前の女性騎士について思い出した。
「……はい。」
フランは言いにくそうに答える。言いたくはないが、王太子から聞かれたので、仕方なく答えてやった、的な感じだ。
「……眼鏡を外してくれるかな。」
やけに王太子がフランにこだわっている。フランはのそのそと眼鏡を外し、王太子と目を合わせた。
「…………。」
アメジストを思わせる瞳に吸い込まれそうになり、カイトは慌てて首を振る。
「ありがとう。」
王太子としての威厳を取り戻さんと、背筋を伸ばし微笑みをたたえて、フランに礼を言う。
 フランは騎士の礼をして、執務室を辞した。